オリジナルマスター

ルド@

第1話 教室。

ギルド会館での会話が始まる前。 
ウルキア魔法学園高等部。隣接する初等部と並ぶように建っている校舎だ。
ここでは全四学年が通って卒業後の将来の為、皆貴重な日々を送っている。優秀な魔法師、冒険者、街の騎士団、王都直属の魔法騎士団など。将来そういったところへ進みたいと夢を見て、学生生活を過ごしていた。  

「そんな皆がこぞって頑張る中、お前は何をしているんだ?  ジーク」

「ん?」

ちょっとした前振り後、教室の自分の机で何かをやっているジークに、近付き呆れたように質問する男子。大して興味もないが、らしくなく黙々と何か作業する彼に声をかけた。

「ん、んー?」

「いや、ちゃんと喋れよ」

それに対してジークの反応は適当で、視線は机から移さずじっと机に置かれている物。手に持つ物を睨み合せていた。
真剣な眼差しで彼の正体を知る人なら“何ごとか!?”と驚愕するに違いないが、……置かれている物を見れば、目を点にして理解に苦しんだに違いない。

「見ての通りパズルゲームだが?」

「何で学園でパズルなんかやってんだよ」 

「暇つぶしだが?」

「いや、勉強しろよ」

呆れ顔となる男子にジークはなんでもない風に答える。手を止めてジクソーパズルから視線を男子へと移した。

「はぁ、何してんだかな」

息を吐く彼の名は、トオル・ミヤモト。
黒の短髪で体格は一般男子学生と変わらないが、実は鍛えられて引き締まった筋肉質の持ち主。得意とする魔法はなく、腰にある刀を見れば分かるが、近接戦を得意とした剣士だ。高等部からの知り合いで、会話から分かるように数少ない話し相手である。……あと一応友人。

「どうしたよトオル?  珍しい。いつもなら刀の手入れとかしてる時間だろ?」 

トオルの腰には刀が二本挿してある。東の国『アルタイオン』出身の彼が持参した物で、かなりの業物だど見ただけでそう感じていた。……他にも感じるモノもあって、気になるところもあるが、からかいで振るには重そうな感じがした。

現在はお昼の休憩中。クラスの皆はグループになって食事か、食堂に出ているが、早々に昼食を食べ終えたジークは、昨日ミーアの店で購入したジグソーパズルに挑戦している。 
そしてジークに言われたトオルは、自分の腰に差している刀に視線を向ける。だが、すぐに視線を戻すと再び呆れ顔で口にした。

「どうしたって……また知り合いが訳の分からんことをしていたら、声を掛けたくなるのが自然だろう?」

「寧ろ関わり合いたくないと思うけどな」

また・・と言う部分に引っ掛かりを覚えるジーク。一応気を使ったか、関わらない方がいいと言っているが。

「まあトオルだしなぁ」

話す彼自身が相当な変わり者なのでしょうがないか。とジークなりに納得顔で頷いていると。

「て、おい、ちょっと待て。オレだしとはどういう意味だ?」

「ん?  いや、だからトオルイコール変わり者ってことかなぁ?  てさ」

結構当たってないか、みたいな笑みで答えるジークだが、聞いているトオルの表情から一層苛立ちが募っていた。

「さらっと人を常識外みたいに言ったな」 

「え……?」

「何だその不思議そうな顔は!?  というかお前が言うなこの変人!!」

不思議そうにするジークに対して、心底心外そうにするトオル。とくに悪気があって言っている訳ではないが、素で言われていると思うと、それはそれで納得し難いものがあった。

「変人なのは否定しないが、そっちも大概だと思うぞ?」

「なわけあるか!  全然真っ当な方だわ!」

頭痛すら覚えるジークとの会話にトオルは頭に手を当てる。何気なく会話しに来ただけなのだが、何故こんなに疲れるのかと溜息を吐きたくなる。

「真っ当?  あはは、面白い冗談だ。流石トオルだ」

「……たとえ素だとしても、その理由次第じゃ戦争だなぁ?」

軽い冗談のつもりだったが、カチンときたようだ。少々歯が見えるぐらいの笑みで、トオルは両手の拳をポキポキ鳴らしていた。

(あ、やべ、ちょっと本気でキレかけてる)

からかい過ぎたか、とジークは心の中で呟き両手を挙げて降参する。当然拳が振り下ろされるのは嫌だが、さらに腰に差してある刀まで抜かれたらもっと困るので、早々に降参するに限るのだ。

(ていうか、挑まれたら大変だしな。昔から剣士……サムライ・・・・は厄介な奴ばかりだから)

懐かしいような虚しいような気持ちで、そんなことを考えている。
……すると。

『早く辞めてくれないかしらね?』 

『女の敵、さっさと消えて』 

『最低……ホントクズ』

「「……」」

彼らの耳に届くのは、ジークを罵倒するような声。陰口などである。……特に女子からが多い。
教室ではジークたち以外にも複数の男女が昼食、或いは会話を楽しんでいる。だが、その大半は横目をジークに向けて、蔑むような視線をぶつけてくる。
これが学園内でのジークへの仕打ちだ。まだ軽いほうであるが、普通の学生なら耐え切れず出て行くだろう。ジーク本人は素知らぬ顔で流しているが。 

「良い感じに嫌われてるな」 

「かれこれ三ヶ月は経つのにな。……全然アテになんないわ」

トオルから聞いた東の国で言う、“人の噂も何とやら”を期待したが、どうやら噂の根は思ったよりも深いようだった。完全に他人ごとのように言うトオルに対して、とくに不満はなさそうだが、その表情は見るからにうんざりした顔でもあった。

(街やギルドの方では、だいぶマシになったみたいだが) 

内心この学園の生徒。──主に女子たちのヘビようなしつこさに、呆れ混じりで心の中で呟く。
さりげなく視線を周囲に向けた。だが、生徒たちの顔色を窺うためではない。

(彼女も居ない。食堂か)

標的……と言ったら聞こえが悪いが、朝から様子を窺っていた。だが昼食は食堂なのか、今は居なかった。

「手を出した相手が相手だからな。残りの学生生活どころか社会人生も死んだんじゃね?」 

「ははは、耳が痛いな」

「笑ってる場合か、完全に自業自得だけどよ」

軽口で答えるしかないが、バッサリと切り捨てるトオル。全然擁護ようごしようともしない。というより元から考えていないようで、僅かに目つきを鋭くさせて告げた。

「結果だけ聞けばまさにゲスな行いだ。あんなにアプローチされててよく振ったな?  オレも鈍い方だがあっちはその気満々だったようだし、付き合えば良かったのによ」

「確かにそうだな。……下衆だな俺は」 

ゲス扱いを受けたのに対し否定どころか肯定する。当時のことを思い出したか、苦笑顔となって肩をすくめている。

(付き合えば良かった……か。本当そうだよな)

出来たらどんなに楽だったろうか。だが、してしまえば最後。彼の心は間違いなく今以上の後悔と堕落の沼へと落ちて二度と這い上がれなかったに違いない。

(だから選べない。今俺が選んでも道は破滅しかないんだ)

結局選択の余地などないのが現実だと痛感している。それなのにまたこんなことを考えてしまう自分に、まだ懲りてないのかとジークは自分に言い聞かせる。が、どこまで分かっているのかも分かってないのが、情けない自分自身の現実でもあった。

「なーに落ち込んでるの?  らしくないよ、ジーク君」

つい思い耽ていると背後からよく知る声が掛かった。振り返って見ると、そこには一人の女子が立って、ニヤリと口元に弧を作り楽しそうにしている。

「仲がよろしいね、お二人さん?」

「なんだミルルか」

「なんだはないでしょう?  相変わらず素っ気ないよトオル君」

その女子にトオルはつまらなそうに吐き捨てる。鬱陶しい奴が来たような面倒そうな表情で顔を逸らすと、不満そうにするミルルという名の女子。
そして女子を見たジークはというと。

「お、おー、ミルルルルルルルルルさんじゃないか。はははっ、ヤッホー」

「はは、ヤッホ──って、なんかルが多くない!?」 

慣れた感じの挨拶を交わしたつもりだが、ミルルは驚いた様子で目を見開く。
彼女の名はミルル・カルマラ。活発そうな印象のある女子で、彼女もトオルと同じでジークの数少ない友人。橙色で首辺りまである髪で、体格はスレンダーな女性であった。 

「なんていうか、お気楽だねホント」

そしてジークとトオルとの軽い挨拶に、がくりと肩を落とすミルルだったが、すぐにハッとした表情をすると最初に声をかけた用件を思い出した。

「──っ、じゃなかった!  ジーク君って今日は授業が終わったら真っ直ぐ寮に帰るよね?」

「普通に帰るけど?」

今日は特に予定はないので(表向きには)、ジークとしても授業が終わったら、とっとと帰宅する気満々なのであったが、ミルルの慌てた様子を見ると。

「何かあるのか?」

「え、えええと……」

(……あー、これは……まさかのそういうことか?)

なんとなく、どういった事態が発生しているか理解したジーク。返答に困った様子のミルルを見れば、ある程度内容は絞れる。というか、ほぼ確定していた。

(だとしたらタイミングが良いが……なんでだ?)

だが、顔には出さない。普段なら察して授業などサボってすぐに逃げるが、今回ばかりはそうはいかない。

(本当は凄い逃げたい。なんか殺気も鋭い気がするしな)

午前中も同じ教室に居る女子から、殺気にも似た視線を浴びせられたことを思い出し、何かあるのかと薄々察してはいた。

「なんだ?  また女子から大粛清でもあんのか?  前回のアレも結構酷かったのによ?」

ケガ人がでなくて奇跡だ。と続けて口にするトオルに、ジークは苦笑を浮かべて口を開いた。……目が若干死んでいるような気がするが。

「トオルよ。アレは大粛清なんてレベルじゃない、只の公開処刑だ。ギロチンコースのな」 

「……酷さが増してね?  良く生きてたな」

「逃げ足には自信があるんだよ。……まあ死ぬかと思ったが」

後半ぼそりと呟くジークに、薄ら寒さを感じたか、ブルッと体を震わすトオル。浮かべていたジークの笑みが、何処かどんよりとした笑みに見えて、一体どれだけ悲惨だったのかと、顔を引きつらせる。

「そ、そうか」

自然と視線を逸らてしまい、若干ではあるが同情もしてしまった。彼の自業自得なのに。

「だからさ、今日はもう帰った方がいいよ。多分今回は前より酷いと思うから」

「ん、何でそう思うんだ?」

静かに聞かせるようなミルルの言葉に、ジークから目を逸らしてたトオルが反応して聞いてみる。いったいどういうことかと、首を傾げたが。

「だってサナ・・さん、いつもと違ってものすっごくジーク君の方ばっか見てなにか
──」

「ジーク・スカルスは居るかしら?」

会話を弾ませていた教室に響く声。決して高くはないがジークの耳にハッキリと届き、同時に「今からなのか……」と疲れた声音が漏れた。

なにせ今回の依頼の護衛対象である彼女。同じクラスメイトでルールブ家の令嬢、サナ・ルールブが教室に入ってすぐ、こちらを一べつして呼び出したからだ。冷気ような瞳を向けながら真っ直ぐに。

(理由を考えなくてよかったが、マジで死ぬかもしれんな俺)

余計な手間を省けたことは助かったが、とても学生とは思えない程の冷気が宿った殺気に嫌そうな表情をする。だが、彼女を狙ってくるだろう刺客や今後の面倒ごとを考えれば、まだマシな方だと納得した。


◇ ◇ ◇


「ちょっと顔を貸しなさい。ジーク・スカルス」

「いきなりだな?  ルールブさん」

険しい顔付きと冷たい目でこちらを見る彼女に、ジークはニヤリとした顔で答える。どこか二人の間に小芝居な感があるが、それは二人の奇妙な関係が原因でもある。決して親しいわけではないが、対立するようになる前は知り合いでもあった。

(相変わらず見た目は美人だが、中身はおっかない女だ) 

サナ・ルールブ。学園女子の中でも五本どころか、三指に入るであろう女性。手入れがされて整った長い金髪。女性特有な部位が強調されており、教室だけでなく学園中の男子から視線の的となっている。もちろん顔立ちも他の女子たちを一気に抜いて、息を呑むような美しさがあり毎年告白する男子も後を絶たない。同じ女子からも見られるが、中には嫉妬の視線も含まれていた。

(俺は見た目とか気にしないけど、ミーアとシャリアさんとか見たら、多分怒り狂いそうだ。……儚いわ)

ついつい知り合いの幼女と少女で比べてしまうが、それ以上は良くないと脳裏で見比べかけた部位から視線を逸らす。
さらに家も由緒正しい名家だということもあり、同じ貴族からのアプローチなども多々あるらしいが、その気は一切ないのか、婚約者や想い人などの話は聞かない。

(ま、この容姿なら誰でも吸い寄せられるかな)

気付けば彼の席、側まで近付いて見下ろす。他人ごとのように彼女のことを考えていた彼に、冷たい視線を向けながら用件を告げてきた。

「話があるから屋上に来て頂戴」

まさかの学園トップクラスの女性からのお誘い。その一言で教室の空気が一変する。彼に対する何かしらの制裁かと、見ていた者たちは一同に驚きの表情をして、聞き間違えかと隣に話かけている者もいる。騒ぎ声は増して隣の教室にまで届いてしまう程だ。

だが、その反応も仕方ないだろう。彼女から声が掛かれば、男子なら誰でも大喜びして飛び付くだろう。彼女の容姿にしろ家柄にしろ、コンタクトを取って繋がりを持ちたいと思う者は、恐らく数え切れない程いる筈だ。 

「え〜めんどうだな」

──但しジークは違った。彼は家柄、容姿などで釣られるような男ではない。そもそも興味があるのかすら怪しく、基本はどうでもいい精神で、それが今の彼なのだ。
そんな彼の拒絶とも取れる反応に、サナは険しい顔付きで睨み付ける。

「貴方に拒否権があるとでも?」

「ん?  あるに決まってる。行くか行かないかは俺の勝手だ。そっちに俺を動かせる権利なんてないだろ?」

今度は不敵な笑みで彼はサナの背後で控えている女性たちを見る。彼女たちはサナの手足、配下のような存在である(正しくは学友であるが)。
学園では平民、貴族関係なく接することが校則で決められているが、実際は殆ど守られてない。サナの場合は名前をチラつかせた訳ではないが、彼女の存在に魅了されて付いてきた女性が多い。
中には名や身分を使って従わせているクズもいるが、教員に見つかれば退学は免れない。そこを上手く躱すのがクズである証拠とも呼べるが。

……話は脱線したが、ジークは後ろの者たちを見ながら呆れた口調で告げた。

「そんなに子分を引き連れて、お得意の力技でも披露するつもりか?   貴族様は・・・・

「「「「──ッ」」」」

挑発。そんなことは考えなくても分かった。
だが、瞬間的に膨れ上がった衝動が堪えていた彼女たちを動かした。女の敵でしかない目の前の男を潰すと、一斉に……。

「落ち着きなさい。彼の言葉に耳かす必要なんてない」

「「「「──は、はい……」」」」

今にも飛び掛かりそうだった女子たちをいさめたのはやはりサナだ。怒鳴るようなものではないが、自然と耳に入ってくる威厳ある彼女の声。飛び掛かろうとしたが、慌てて姿勢を正して女子たちは返事をする。

(よく見えてるな。あと少し遅かったら終わっていた)

それを見て内心「まるで調教師のように飼いならしてるなぁ」などとジークは感想を述べた。

「従順だな。流石お嬢様だ。手慣れてらっしゃる」

「あまり彼女たちを刺激するのは止めなさい。──で?  どうするの?」

「んー、そうだな」

サナに言われて改めて考えるジーク。先程は接触する機会が出来て、内心助かったとも思ったが。

(二人っきりならまだ良かったんだが、連れてる時点でそれはないよな)

背後に控えている女子たち。正直邪魔でしかないとジークは悩む。恐らく狙っている者は既に動いて、彼と同じように機会を窺ってる筈。そんな状況の中、あんなにお荷物たちが側にあっては、やり辛いどころか障害になりかねない。

(けどこの機会を逃すと出遅れる可能性もある。慣れない仕事だから隠れて動いても、後手に回って余計に面倒になるかもしれない。とくに……)

サナの顔を見ると断るという選択は、最初からない気がした。険しい顔付きの彼女から感じる気配。それが普段と明らかに違うことに、かつては世間話をする程度には知り合いだった彼には分かった。

(理由は不明だが、ここで拒否っても後でまた来るかもしれない) 

頑固なところがある彼女から発する雰囲気に、ジークはここで拒否しても無意味な気がした。それこそ多少のリスクも悪くない。このまま彼女に流されてみようか、と物凄く怪しげな誘いに乗ることにした。

「まあいいか。こっちも聞きたいことがあるし」

「聞きたいこと?」

「さぁ行こうか。早くしないと授業が始まるぞ?」

「え、ええ……」

同意した際に呟いたジークの言葉に戸惑うサナだが、彼女の思考を邪魔するかのように席から立ち上がって移動するジーク。止まることなく教室を出て先に行く彼を追うように彼女も付いて行く。
目的地である屋上へと向かったのだった。──後ろの配下も一緒に。

「これでジークの血の色が分かるな」

「もしかしたら魔物みたいな色だったりして」 

(二人揃って完全に他人ごとだな)

去り際に背後から聞こえた男女のやり取りに文句を言いたくなったが、今更突っ込む気にもなれず流すことにして、屋上に続く階段へと向かった。


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