オリジナルマスター

ルド@

第12話 職人。

「外で魔物を狩ったから解体と加工処理を頼みに来たんだが。……よそよそしくなったなミーア」

さっそく仕事依頼の話をし出したが、ミーアの表情を見てつい止めて振ってしまう。嫌っているのかそれとも怯えているのか、そこまで表情を読み取ることはできないが、若干ではあるが傷付いてしまうジーク。

「あ、いえ……!  違うんです」 

そして自分の所為で彼が落ち込んでいることを察して、ミーアが慌てた様子で否定するが、その声は小さく俯いてしまい聞き取りづらくなっている。
だが、ジークはそんなミーアに口を挟もうとはせず、沈黙する彼女を静かに見守っていた。

「…………もう来ないと思いました」

そして長い沈黙の末。彼女は震えた声でそう呟いた。俯いているので表情は窺えないが、彼にはどこか悲しんでるように思えて、さすがにこれはふざけて流せれないな、と困ったような笑みでその頭を優しく撫でた。

「ごめんな。色々あって街でも会わないようにしてたんだ」

申し訳なさそうにして謝罪し、意図的に避けていたことを告げる。彼女と最後にあったのはもう三ヶ月以上前。彼が『最低男』というレッテルを貼られることとなった一件よりも少し前だった。

(やっぱり急だったか。あの時は想定外なことばっかで焦ってたから)

デリカシーのないことを仕出かしたジークは、自分と交流のある人物たちとの接触を極力避けるようにしていたのだ。外ではそれ程騒ぎにはなっていなかったが、それでも少なからず影響はあった。

特に学園での彼の立ち位置はもはや最悪と言っていい。男女、特に女子からの軽蔑的な視線や、一時期は直接的な制裁行為を受けるようになった。制裁行為については男子が大半であるが、中には女子も含まれていた。

(直接の制裁行為とかマジでビビったな。怪我とか全然平気だったが、いろんな意味で衝撃で、なんか学園の闇でも知った気分だった)

思い出すだけでも鬱なことだが、近い内に女性陣のリーダーと接触するかもしれないので既に鬱気分であった。

「女性問題ですか。……最低です」

彼は良い意味でも悪い意味でもこの街では有名だ。学園内での噂もあっという間に広まってしまい、ギルド、そしてミーアの店にも伝わってしまった。
最初の頃はまったく信じていなかったミーアであったが、その噂が出始め以降、ジークが店に顔を出さなくなった。僅かであるが、噂が事実なのではと思ってしまっていた。

「心配して損しました」

それが事実なのだと知った途端、ジト目で冷たい態度を取るミーア。嘘なら良かったと思っていた分、地味にショックが大きかったが、事実の割に以前と変わらずだったので、怒り具合が幾分か半減しているようだった。

「あはははっ手厳しい。──否定はしないけど」

「してくださいっ!  否定してくだいよ。そこはッ!」 

「ゴメンな?」

傷付いたように軽く笑うが、否定しようとしない彼の発言に憤りに近い感情を込めるミーア。まったく気にしておらず、笑みを浮かべる彼を見上げて必死に叫ぶ。

「っ……何があったんですか?  急に来なくなって。……気が付いたらあんな噂が」

「ちょっとした手違いでな。でも噂に関しては半分・・くらい事実だと思うよ?」

シャリアと同じ。ジークのことを想ってか、彼女の声色から怒気が失われて次第に心配の色が含まれる。
そんな彼女の気遣うような声音に彼も腹を割って話すことにするが、できればあまり広めたくない。でも彼女たちにはある程度は知らせても問題ないと口を開いたのだ。

「手違い?  半分?  ……まさか依頼関係ですか?」

妙な言い方にミーアが首を傾げて疑問符を浮かべる。彼の冒険者としての立場をある程度は知っている彼女としては、その可能性を一番最初に考えてしまったのだが、今回は少々深読みが過ぎた。

「違う違う。完全にプライベートだ。……ただその結果、自分が思った以上・・・・・の不器用な人間だって、痛感させられたけどな」

「……どういう意味ですかそれは?」

ただ何を想ってか、ジークの顔は最後にシャリアに見せた時と同じで、何処までもサッパリしたものになっていた。


◇ ◇ ◇


「ジークさん……」

何もかも吹っ切れた顔のジークに、ミーアはそのメッキのような表情の奥にある。彼の本当の顔が見えた気がしてた。どうしてか哀しみにも似た感情に呑み込まれそうになるが。

「──と言っても、もう済んだ過去の思い出だから問題なしだ」

「サラッと流したってことですか……。やっぱり最低です」

それでも彼の発言によって色々と台無しになる。彼なりに重くなった空気を軽くしたかっただけのようだが、彼女からしたら少しで良いから真面目になれないのか、と文句を言いたくなる。

(やっぱり教えてくれないんですね。……ジークさん)

結局肝心な部分については何も明かさず、ただ作り笑いだけで締め括ろうとする。ミーアは冷たく抗議するが、乾笑いだけで何も語ろうとしない。そんな彼に一抹の不安と自分が信用されていないのか、とミーアは内心落ち込んでしまいそうになる。  

しかし。

「本当……ゴメンな?」

「……っ」

そこでまた頭を撫でられたことで、浮かんでいた様々な不安もまた拭い去られたような感覚になる。なんとも単純な女だと思ってしまうが、そうして見上げた先でこちらを見下ろす彼と視線が合うと。

(どうしてこんな気持ちに)

温かく優しい手。
とても沢山の血を流してきた人物の手とは思えないほど、気持ちが安らぐような優しい撫でられ方に、自然とミーアの口元に嬉しげな笑みが浮かんでいた。


◇ ◇ ◇ 


「で、コレがここに来た目的ですか」

テーブルに並べられている戦利品討伐品に、ミーアは職人顔で一つ一つ見詰めながらそう訊いた。

「そうそう。忘れる前に加工の方をお願いして貰おうと思ってな」

ジークが用意したのは、今回の討伐依頼で狩って『常闇の押収ダークリカバリー』に仕舞い込んだ魔物の死体である。
もっともすべて持ち帰った訳ではなく、雑魚などは殆ど無視して捜索を進めていた。特に最後の殲滅魔法クラッシュ・コアを使用した時は、残骸となった洞窟からさらに残骸となった死体を集めるのは面倒だったので、全オークの二割弱しか持ち帰っていない。

「俺になりに厳選したつもりだから、まぁまぁいいと思うぞ?」

「みたいですね」

ギルドの方で証明部位分以外を除けは、二十体程度しかいないが、そのどれもがランクの高いオークばかりだ。大群の中から確かに厳選された品々であった。
 
「これはまた随分品質の良いのばかりですね。レッドオークにメイジにアーチャーでメインはこのジェネラルブラックですか、残りはサブ回しですね? 」

こういうところは彼はちゃっかりしている。笑みも心底嬉しそう見えたのは、絶対気のせいではないとミーアは苦笑混じりに確信した。

「ああ、使うのは骨の部位と魔石だけで充分だから。後はそっちで貰ってくれ。タダでいいから」 

「下取りわりにします。前にも言いましたが、そうやって無償で渡すのはやめてください」

ミーアは既に冒険者を引退しており、その際にこの店を始めたが、当初は看板の名の通り色んな種類素材などが置いてあるだけだった。
だが、商品販売をしていくうちに、自分でも作ってみたいと思ったようで、今ではこの街でも三指に入ると腕の持ち主だ。

素材を使い加工して様々なモノを造る──《匠の職人マスター・スミス》と呼ばれる資格の持ち主だった。  

「安心しろって。ミーアの店でしかやらないから」

「余計ダメです!  ……ギルドへ鑑定分は大丈夫ですか?」

「証明部位は取ってあるから問題ない」

実は凄腕職人であるミーアなのだが、彼女が請け負ってきた仕事は五年間で五回もない。呪いの件で人間関係が上手くいかず、直接の依頼はほぼ全部断ってきた。
呪いが解けた現在はそれほどではないが、やはり個人的な依頼は滅多なことがない限り現在も引き受けておらず、貴族や高ランク冒険者から専属でのスカウトもあるが、全て断っている状態だった。

──目の前の彼を除いては。

「えーと、骨や魔石での加工ですと」

置かれている素材を『鑑定魔法』で調べながら、ミーアは軽くメモ書きをすると。

「──こんな感じで良いですか?」

メモの一部を見せて返答を求める。短時間でアイデアを出したら、普通は驚くところであるが相手はミーアだ。
ジークも一年程の付き合いなので今更驚いたりはしなかった。 

「うん、それでお願い。やっぱミーアは優秀だ。本当に頼りになるよ」

おだてても何もしませんよ?」

「…………はぁ」

「本当に残念そうにため息を吐いてもダメですっ!」 
 
本人としては自分の仕事をこなしてるだけだが、ジークからはもう立派な職人にしか見えない。子供の姿をしてもやはりミーアも魔法技師の職人であった。……それでも少しは残念に思うが。

(まぁこういう時のミーアは何言っても無駄だしな。……一先ず任せますか)

早々に職人彼女任せにすることにした。その後、造って欲しいモノの具体的な話と製作期間を聞き店を出てると、ジークはとくに寄り道もせず学生寮へ帰って行った。 

   
◇ ◇ ◇


とある真夜中、隣接する建物の内の一軒家で──不穏な会話が行われていた。

「よく来てくれたな」

一室で座り込む三十代くらい男性。彼の前には片膝をつく黒いフードを被った複数の人間と、その前で腰を折り胸に手を当てる燕尾服を着た五十代くらいの男性が佇んでいる。  

「お待たせして申し訳ありません。──ですがその分、人員は選りすぐりで御座います」
 
「ほぉ〜こちらも情報操作を滞りなく済ませたところだ。ルールブでは今盗賊が狙っているという嘘の情報で混乱している。君たちが動いていることには気付いていない。存分に働いてくれ」

「ご協力感謝します」

燕尾服の男性は再度一礼と感謝の言葉を述べる。ニコリと微笑んでいるが、その笑みからは冷徹な刃が見え隠れしていた。
ただ者ではないのは、どう見ても明らかであった。

「継承が行われるのは一週間後だ。──抜かるなよ?」

「畏まりました。必ずや『原初の記録オリジナル・メモリー』を手に入れてみせましょう」   

「頼んだぞ。……継承者の始末も忘れずな」

「抜かりはありません。──既に潜入済み・・・・です」

薄い笑みを浮かべて答える燕尾服の男性。その笑みには薄ら寒さを感じさせる。
不穏な気配は街に溶け込み。刻一刻と悪意は浸透していった。

  

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