オリジナルマスター
第10話 雑貨屋。
「ねぇねぇ!  キリアキリアっ!」
「メル、仕事中に騒がない。同じ受付として恥ずかしいから、馬鹿顔だしてないで席に戻りなさい」
「ガーン!?  馬鹿顔……!?」
ジークが上の階に上がってしばらく経つと、再びキリアの席が騒がしくなる。一度は中央の席に戻った筈のメルが好奇心を刺激されたか、懲りずにまたやって来たので、容赦なく視界から追い払うように吐き捨てる。
「ヒドイ!?」
「酷くない。いいから仕事をしなさい」
わざとらしいが地味にショックを受けたメルだが、冷めた様子のキリアは一切見ようともせず、手元の仕事に目を向ける。周囲の人たちも既にやるべきことを思い出して切り替えていた。
最初の頃は彼が上の階に行くと視線が集まってしまい、驚き呼び止めようとする者もいたが、彼がギルドマスターと話をするのは、もういつものことなのでもう誰も気にしていない。 
『ジーク・スカルスとシャリア・インホードが親しい間柄である』という事実は、約一年間でギルド全体に浸透していた。
一時期はその関係について職員や冒険者から問題ではないか、と指摘をされたこともあったが、当のギルドマスターは一切やめようとはしなかった。
結果、今では彼がギルドマスターに会うことに驚く者は殆どいない。いても大抵がなりたての新参者か、街に来たばかりの旅の者だけだ。噂になって鬱陶しい時期もあったが、今ではそれも落ち着いていた。
「やーだよ」
だが、キリアに対してライバル心でもあるのか、退くということに関してメルだけは別だった。キリアからハッキリ拒絶されているのに満面な笑みで返した。机に顔ごと視線を向けているキリアに強引に顔を合わせてきた。
「やだって、貴方ねぇ」
逆にキリアの方は拒否してくるので困った顔だ。なら視界だけでも逃れようと視線を逸らすが、逃さないという目で回り込んでくる。そんな子供ような対応をするメルに、いよいよ現実逃避をしたくなってきたが。
(冗談で言ってるってことは──ないわね)
これが素の反応だと分かっている分、余計に頭が痛くなってしまった。同期な所為で彼女の性格をよく知っているのだ。
「キリアったら〜〜!」
(はぁ……これと同期になったのが、ギルド職員としての最大の不運ね)
キリアからしたら憎たらしい性格でしかないメルだが、意外と受付嬢として客から人気が高い。
黄色のウェーブが掛かったセミロングの髪。キリアより少しふっくらとした体格をしているが、太ってる訳ではない色っぽいスタイル。
キリアが痩せ型である為、比べるとそのように思えてしまうが、体型は標準である。……ただ一点を除けば── 。
「それでキリアさぁーん?   さっきのやり取りについて、質問があるんですけど?」
「ノーコメントよ」
ふざけた口調で質問してくるが、キリアは一刀両断する。 これ以上は構ってられないと本格的に机の上にある仕事に手を付け出した。
「ぶぅー!  ぶぅー!  イケないんだぁ〜〜!?  キリアったら良い子ぶって!  どうせ頭の中じゃイケナイことばかり考えて、あの子とギルド内で逢い引きしようとか「それ以上言ったら絞めるわよ?」ヒィっ!?」
調子に乗ったメルがとんでもないことを口走ろうとしたが。瞬間、低く冷たい声がキリアから出る。顔は向けてないが、殺気が含んだ横目がメルを睨んでいた。
(や、ヤバい。ちょっとやり過ぎたかも……)
強烈な悪寒が背筋を通り抜け、身震いからか体が硬直を起こす。体が言うことが利かず、次第に顔が青ざめる。そー、とキリアの顔色を窺って──絶句。
「聞いてるのかしら?  メル?」 
そこにはここ一番の微笑みを浮かべるキリアがいた。……だが目は全然笑っておらず、凍てつくような絶対零度の瞳でメルを捉えていた。
「は、ハイっ!  勿論ですっ!」
──逆らったら殺される!  キリアの視線から命の危機を感じ取る。目から「返事はどうしたの?」と問いかけれると、硬直していた状態から素早くビシッと直立した。
調子に乗っていた時は大違いで、すっかりキリアに従順な僕へと変わっていた。
ポヨン!  ポヨン!
「……(イラ)」
ただ、直立した際に揺れる、キリアの倍以上あるメルの一部分が目に入る。その脂肪の塊は優雅に一回、二回と弾む度にキリアから呪詛でも流れそうな鋭い視線がその塊に集中していく。
「……(ギリッ)」
ここでもう一度言っておくが、キリアは決して小さくはない。対象となる相手が普通よりもデカ過ぎるだけであり、あくまで標準サイズなのだ。……だから目付きを鋭くして、微かに歯をギリギリと言わせているが、彼女も十分なサイズの持ち主だった。
ただ、それ以上の存在が、ムカつくような同期だと、抑え切れず呪詛を漏らしてしまうのだ。
「ハァ……全くもう。調子が良いんだから」
だが、睨んでてもしょうがないので、気持ちを落ち着かせるように息を吐く。怒られたくないのなら、何故毎回訊いてくるのだろうかとキリアは叱る中、そう思ってしまうが、メルだからと考えると妙に納得してしまう。 
「で、でもさぁ。ジーク君って毎回上でどんなお話をしてるのかなぁ?  キリアだって気にならないのぉ?」 
そしてまだ諦めきれてなかったのか、さり気なくのつもりのようだが、バレバレな顔と声色でメルが切り出した。
「知らないわ。どうせ他愛もない世間話でしょう」
「うーー絶対何か知ってる顔だぁ」
何故そこまで気にするのかと、思いつつ吐き捨てるように言って、尚も食い下がろうとするメルを追い払う。
ぐどい話だが、ジークが二階にいるギルドマスターに会いに行くのは、もうよくあることなのだ。
だが、同時にその関係は普通ではないのである。冒険者ギルド長との直接の対話を、Fランクの低ランク冒険者がするなど本来はあり得ないことだ。普通なら騒動になってもおかしくない話だが、そうならなかったのは、言った通りギルドマスターの迅速な対応だった。
一年前、彼がこの街にやって来てしばらく経ち。ある一件でギルドマスターと会談した後のことだ。偶々フロアに職員が集めていった時に、サラッと言ってのけたギルドマスターのセリフをキリアは思い出す。
『ああ、今日からこのジーク・スカルスは、私の友となった。今後私の部屋に遊びに来る時があるから、その時は止めずによろしく頼むぞ』
『…………はい?』 
シャリアの言葉を聞いて呆然とする職員たち。最初の頃はただの冗談だと誰もが思っていたが、それ以降、月に数回であるが何度も二階に上がっていく彼を見て、冗談ではなく本気だったのだと驚愕した。
その際、ちょうど引っ張っられた状態だったジークは、シャリアが皆にそう告げたことで、予想外な展開からギルド内で衆目に晒されてしまった。あまり変なことはせず流されていたが、「もう少しマシな言い方はなかったのか……」と内心、頭を抱えたくなっていたそうだ。
「……意味がわかりませんよ」
当時を思い返し項垂れて、疲れたような呟きを漏らしてしまうキリア。だが、それもこれも自分があの時。首を突っ込んでしまったのが、そもそもの原因なのだと行き着くと。頭痛と一緒にやるせない気持ちと虚脱感に苛まれる。
──そう、あの時。
受付嬢としての立場を無視して、個人的な事情から街で蠢めく不穏な気配を探ろうとして、敵の罠に嵌った時だった。抜け出すこともできず、闇に動く黒き蛇に囚われかけたところで……。
光を帯びた一閃が、彼女と蛇との間に割って入った。
『危なかったな』
『あ、あなたは……?』
『──ん?  アンタは確か……受付の?』
片手で気絶している女子生徒らしき女性を抱くようにして、右手でクリスタルのような大剣を持った彼に出会う。
『……ちょうどいい。少し手を貸してくれませんか?』
彼は少し考えるような仕草をすると、何か思いついたのか、剣を消して尻餅を付いているキリアに手を伸ばしそう願い出た。
それがギルドマスターと彼が接触するきっかけとなる。以降のことはキリアも殆ど知らされていないが、結果として彼女もまた彼らの協定に巻き込まれることになった。
しかし、それでもキリアには分からなかった。自分の上司であるギルドマスターのシャリアの考えが。
彼を街の特記戦力として協定を結んだのは理解できた。だが、わざわざ目立たせるような行動にはどうしても理解できなかった。隠したがっている彼のことを考えるなら、必要以上に彼を注目させるような行動は避けるべきなのに。
単に友人が出来たことを自慢したかっただけか、それとも他に理由があるのか。シャリアに何度か問いかけても、その答えだけは返ってきたことはない。本当は何も考えてないのかと思うほど、いつも楽しげにしているだけだった。
「本当に分かりませんよ」
彼のこと心配するキリアとしては、たまったものではなかった。自分ではどうすることも出来ないと分かっても、不安げにしてつい口に出てしまった。
◇ ◇ ◇
「何が分からないんですか?」
「ファッーー!?」
「おっ」
と、俯いていると至近距離で声が掛かる。完全に意表を突かれたか、驚き過ぎて変な声を出してしまう。ちょうど考えていた彼の声だということもあってか、瞬間的に真っ赤になってあわわと口元を震わせていた。
「じ、ジークさん!?」
バッと顔を上げると、そこには数刻前まで話をしたジークが見ている。上での話を終えて、彼女の席まで戻って来たようだ。
「お疲れですキリアさん」
驚いた様子の彼女にキョトンとした顔をして、気遣うように窺うジークを見て慌てて姿勢を正した。
「も、もう話は終わったんですか?」
「はい。相変わらず活気のある方でしたが」
「そうですか……」
思ったよりも早く終わった談話に、少なからず意外さを感じるキリア。
何せ彼女──ギルドマスターは、彼とお喋りするのをいつも楽しみにしている。月に数回しか尋ねない為か、一度に話す時間は結構長く、何度かそのまま食事に行くこともあった。
(にしても早い。最近会ってないから食事して遊び出すと思ったのに)
すごい時はギルド内にある彼女の部屋にお泊り。──という展開も何度か起こり掛けたのたが、その度にキリアが止めに入り大事には至っていない。
「では、俺はこれで。──また後日」
「あ、はい。お疲れ様でした」
挨拶を告げるとジークはテーブル席に座るバイクにも軽い挨拶をして、ギルド会館をあとにする。そんな彼に視線を追う者もチラホラいたが、対して気にした様子もなくジークは退散して行った。
「後日……か」
キリアは彼の背中を見送る中、無意識にそう呟く。それがどういう意味なのかを認知している彼女は、その一言だけで彼が依頼を引き受けたことを理解。彼女もまたシャリアから例の護衛依頼については聞いていた。
(明らかに彼向きの依頼じゃないから、絶対に断ると思ったんだけど)
正直なところ彼が依頼を引き受けるとは少しも考えていなかった。先程の不意打ちで動揺していたが、冷静になったところでそのことに遅れて気が付いた。
「なに思い耽てるのかな〜〜?  キ〜〜リ〜〜ア?」 
「…………」
その所為で数秒程、キリアの思考は停止してしまった。本当に懲りてないのか、心の隅でそう疑いたくなるほど声が背後から聞こてくる。
「……いつから居たのかしら?  メル」
これも動揺した所為だろう。気配に気付かず怪しげな声音で問い掛けるメルに、振り返らず問い返したが。
「う〜〜ん?  ちょっと前!」
「……そう」
「ねぇねぇキリ──」
「黙りなさい。捻り潰すわよ?」
「捻っ!?  ってまだ何も言ってないし、さっきから言い方が物騒だよっ!!」
結局その後も、一向に自分の席に戻らないメルにキリアよりも先に、堪忍袋が切れた先輩のクローネにより、サボるメルの頭上に雷が落ちるのであった。
◇ ◇ ◇ 
ジークはギルドを出た後、その足で学園にある寮ではなく、街中にある、とあるお店へ足を踏み入れていた。
「ミーア〜〜?  居るか?」
『雑貨ホーガ店』。
古びた木造建てのお店で、掲げてある看板に店名が書かれている。扉を開けて堂々と中に入って店の主の名を呼ぶが、どうも返事が返ってこない。
「ミーア。ミーア?」 
初めは留守かと思ったが、店が開いている。奥の方で休憩でもしているのか、と一応呼び掛けながら足を進めて行く。
中では、様々な工具や本。魔道具らしき物がチラホラと棚に並んでいる。古そうな『魔法紙』に使い古されたような『魔石』。如何にも曰く付きのようなドクロ型の魔道具なども見えた。……いや、チラチラと見えている時点でただの雑貨店ではないが。
「おいミーア?  いないのか?  ミーア〜〜〜?」
しかし、そんな品集もお構い無しに店の主人の名を連呼する。彼にとってこれらの怪しげな粗品は、いつも見慣れている物なのでまったく気にしていない。
「ミーア?  ミーアさん〜〜?  ……ミーアちゃん〜〜〜?」
段々呼び掛けるのにも飽きてきたのか。名前の後に付く接尾がどんどん可笑しな方向へ変えていく。まるでペットでも呼ぶような声音で呼び続けるが、名の主は一向に現れる気配がない。
「んーー?  これでもダメか」
何故ここで留守だと判断してやめないのか。いや、居ないかもと、思考の片隅で考えているが、かえって調子が出てきた。終いには、いささか以上にキャラが崩壊しそうな声音にして、呼ぼうと口を大きく開けて……。
「……オホンっ!  あ、あ〜〜ミーアちゅ「やめてください!」──フゴッ!?」
だが、呼ぼうとした直後。彼の後頭部に衝撃が走る。同時に聞こえた声に彼は頭をさすりながら振り返る。
「っ何を……」
──しかし、そこには誰もいなかった。
「て、あ、アレ?」
誰もいないことに呆然とするジーク。確かに後ろから聞こえて衝撃が来た筈なのに─「どうして?」といった顔で首を傾げると……。
「あの〜?  いきなり殴ったのは謝りますが、さっきから何処を見てるんですか?」
「え、えっ?」
また声が聞こえてくる。ジークが会おうとしている女性の声。だが、キョロキョロと辺りを見渡しても、声の主を見つけることができない。
「一体何処へ?」と彼は頭上にハテナマークが沢山浮かぶ。
「いい加減に、してくださぁーーいっ!!」
と、そこまで引っ張ったところで、必死にアピールしていた彼女が爆発する。込み上げてくる怒りのままに叫んで彼の腹を小さな拳で打ち込んだ。
「うぁッ!?  ミ、ミーア!?  何処から!?  まさかゴーストに!?」
「何がゴーストですか!!  ワザとですよね?  完全にワザとですよねッその反応はっ!?  下ですよ!  したーーッ!!」
「…………へ?」 
言われて顔を下に向ける。するとそこには、頰を膨らまして上目遣いで可愛いく睨む、ピンク髪の小さな子供がいる。下にいたのかと驚く中、そういえば叫び声と共に腹に衝撃がきたと、今になって自覚した。
「ようやくこっちを見ましたかジークさん」
手には買い物袋を持っており、どうやら買い物帰りだったようだが、呆然と彼女を眺めていた彼は、ふと何か気付いたような顔をして声をかける。
「ミーア」 
「何か言うことはありませんか?」
腕を腰に当て頰を膨らまして問う少女ミーアを見て、ジークは“う〜〜ん”と考えるようにミーアを見て…………一言。
「また縮んだ?」
「───なッ!?」
ジークの返答に愕然とするミーア。余程ショックだったのか、持っていた買い物袋を思わず離してしまった。
「お、とっ」
すかさずジークが地面に落ちそうになった袋をキャッチして難を逃れたが。
「なっ、なっ、なっ、なっ……!」
目の前に居る少女の心情はそれどころではなかった。
徐々に怒りで顔を赤くすると、体からビリビリと雷を発生させていた。
「メル、仕事中に騒がない。同じ受付として恥ずかしいから、馬鹿顔だしてないで席に戻りなさい」
「ガーン!?  馬鹿顔……!?」
ジークが上の階に上がってしばらく経つと、再びキリアの席が騒がしくなる。一度は中央の席に戻った筈のメルが好奇心を刺激されたか、懲りずにまたやって来たので、容赦なく視界から追い払うように吐き捨てる。
「ヒドイ!?」
「酷くない。いいから仕事をしなさい」
わざとらしいが地味にショックを受けたメルだが、冷めた様子のキリアは一切見ようともせず、手元の仕事に目を向ける。周囲の人たちも既にやるべきことを思い出して切り替えていた。
最初の頃は彼が上の階に行くと視線が集まってしまい、驚き呼び止めようとする者もいたが、彼がギルドマスターと話をするのは、もういつものことなのでもう誰も気にしていない。 
『ジーク・スカルスとシャリア・インホードが親しい間柄である』という事実は、約一年間でギルド全体に浸透していた。
一時期はその関係について職員や冒険者から問題ではないか、と指摘をされたこともあったが、当のギルドマスターは一切やめようとはしなかった。
結果、今では彼がギルドマスターに会うことに驚く者は殆どいない。いても大抵がなりたての新参者か、街に来たばかりの旅の者だけだ。噂になって鬱陶しい時期もあったが、今ではそれも落ち着いていた。
「やーだよ」
だが、キリアに対してライバル心でもあるのか、退くということに関してメルだけは別だった。キリアからハッキリ拒絶されているのに満面な笑みで返した。机に顔ごと視線を向けているキリアに強引に顔を合わせてきた。
「やだって、貴方ねぇ」
逆にキリアの方は拒否してくるので困った顔だ。なら視界だけでも逃れようと視線を逸らすが、逃さないという目で回り込んでくる。そんな子供ような対応をするメルに、いよいよ現実逃避をしたくなってきたが。
(冗談で言ってるってことは──ないわね)
これが素の反応だと分かっている分、余計に頭が痛くなってしまった。同期な所為で彼女の性格をよく知っているのだ。
「キリアったら〜〜!」
(はぁ……これと同期になったのが、ギルド職員としての最大の不運ね)
キリアからしたら憎たらしい性格でしかないメルだが、意外と受付嬢として客から人気が高い。
黄色のウェーブが掛かったセミロングの髪。キリアより少しふっくらとした体格をしているが、太ってる訳ではない色っぽいスタイル。
キリアが痩せ型である為、比べるとそのように思えてしまうが、体型は標準である。……ただ一点を除けば── 。
「それでキリアさぁーん?   さっきのやり取りについて、質問があるんですけど?」
「ノーコメントよ」
ふざけた口調で質問してくるが、キリアは一刀両断する。 これ以上は構ってられないと本格的に机の上にある仕事に手を付け出した。
「ぶぅー!  ぶぅー!  イケないんだぁ〜〜!?  キリアったら良い子ぶって!  どうせ頭の中じゃイケナイことばかり考えて、あの子とギルド内で逢い引きしようとか「それ以上言ったら絞めるわよ?」ヒィっ!?」
調子に乗ったメルがとんでもないことを口走ろうとしたが。瞬間、低く冷たい声がキリアから出る。顔は向けてないが、殺気が含んだ横目がメルを睨んでいた。
(や、ヤバい。ちょっとやり過ぎたかも……)
強烈な悪寒が背筋を通り抜け、身震いからか体が硬直を起こす。体が言うことが利かず、次第に顔が青ざめる。そー、とキリアの顔色を窺って──絶句。
「聞いてるのかしら?  メル?」 
そこにはここ一番の微笑みを浮かべるキリアがいた。……だが目は全然笑っておらず、凍てつくような絶対零度の瞳でメルを捉えていた。
「は、ハイっ!  勿論ですっ!」
──逆らったら殺される!  キリアの視線から命の危機を感じ取る。目から「返事はどうしたの?」と問いかけれると、硬直していた状態から素早くビシッと直立した。
調子に乗っていた時は大違いで、すっかりキリアに従順な僕へと変わっていた。
ポヨン!  ポヨン!
「……(イラ)」
ただ、直立した際に揺れる、キリアの倍以上あるメルの一部分が目に入る。その脂肪の塊は優雅に一回、二回と弾む度にキリアから呪詛でも流れそうな鋭い視線がその塊に集中していく。
「……(ギリッ)」
ここでもう一度言っておくが、キリアは決して小さくはない。対象となる相手が普通よりもデカ過ぎるだけであり、あくまで標準サイズなのだ。……だから目付きを鋭くして、微かに歯をギリギリと言わせているが、彼女も十分なサイズの持ち主だった。
ただ、それ以上の存在が、ムカつくような同期だと、抑え切れず呪詛を漏らしてしまうのだ。
「ハァ……全くもう。調子が良いんだから」
だが、睨んでてもしょうがないので、気持ちを落ち着かせるように息を吐く。怒られたくないのなら、何故毎回訊いてくるのだろうかとキリアは叱る中、そう思ってしまうが、メルだからと考えると妙に納得してしまう。 
「で、でもさぁ。ジーク君って毎回上でどんなお話をしてるのかなぁ?  キリアだって気にならないのぉ?」 
そしてまだ諦めきれてなかったのか、さり気なくのつもりのようだが、バレバレな顔と声色でメルが切り出した。
「知らないわ。どうせ他愛もない世間話でしょう」
「うーー絶対何か知ってる顔だぁ」
何故そこまで気にするのかと、思いつつ吐き捨てるように言って、尚も食い下がろうとするメルを追い払う。
ぐどい話だが、ジークが二階にいるギルドマスターに会いに行くのは、もうよくあることなのだ。
だが、同時にその関係は普通ではないのである。冒険者ギルド長との直接の対話を、Fランクの低ランク冒険者がするなど本来はあり得ないことだ。普通なら騒動になってもおかしくない話だが、そうならなかったのは、言った通りギルドマスターの迅速な対応だった。
一年前、彼がこの街にやって来てしばらく経ち。ある一件でギルドマスターと会談した後のことだ。偶々フロアに職員が集めていった時に、サラッと言ってのけたギルドマスターのセリフをキリアは思い出す。
『ああ、今日からこのジーク・スカルスは、私の友となった。今後私の部屋に遊びに来る時があるから、その時は止めずによろしく頼むぞ』
『…………はい?』 
シャリアの言葉を聞いて呆然とする職員たち。最初の頃はただの冗談だと誰もが思っていたが、それ以降、月に数回であるが何度も二階に上がっていく彼を見て、冗談ではなく本気だったのだと驚愕した。
その際、ちょうど引っ張っられた状態だったジークは、シャリアが皆にそう告げたことで、予想外な展開からギルド内で衆目に晒されてしまった。あまり変なことはせず流されていたが、「もう少しマシな言い方はなかったのか……」と内心、頭を抱えたくなっていたそうだ。
「……意味がわかりませんよ」
当時を思い返し項垂れて、疲れたような呟きを漏らしてしまうキリア。だが、それもこれも自分があの時。首を突っ込んでしまったのが、そもそもの原因なのだと行き着くと。頭痛と一緒にやるせない気持ちと虚脱感に苛まれる。
──そう、あの時。
受付嬢としての立場を無視して、個人的な事情から街で蠢めく不穏な気配を探ろうとして、敵の罠に嵌った時だった。抜け出すこともできず、闇に動く黒き蛇に囚われかけたところで……。
光を帯びた一閃が、彼女と蛇との間に割って入った。
『危なかったな』
『あ、あなたは……?』
『──ん?  アンタは確か……受付の?』
片手で気絶している女子生徒らしき女性を抱くようにして、右手でクリスタルのような大剣を持った彼に出会う。
『……ちょうどいい。少し手を貸してくれませんか?』
彼は少し考えるような仕草をすると、何か思いついたのか、剣を消して尻餅を付いているキリアに手を伸ばしそう願い出た。
それがギルドマスターと彼が接触するきっかけとなる。以降のことはキリアも殆ど知らされていないが、結果として彼女もまた彼らの協定に巻き込まれることになった。
しかし、それでもキリアには分からなかった。自分の上司であるギルドマスターのシャリアの考えが。
彼を街の特記戦力として協定を結んだのは理解できた。だが、わざわざ目立たせるような行動にはどうしても理解できなかった。隠したがっている彼のことを考えるなら、必要以上に彼を注目させるような行動は避けるべきなのに。
単に友人が出来たことを自慢したかっただけか、それとも他に理由があるのか。シャリアに何度か問いかけても、その答えだけは返ってきたことはない。本当は何も考えてないのかと思うほど、いつも楽しげにしているだけだった。
「本当に分かりませんよ」
彼のこと心配するキリアとしては、たまったものではなかった。自分ではどうすることも出来ないと分かっても、不安げにしてつい口に出てしまった。
◇ ◇ ◇
「何が分からないんですか?」
「ファッーー!?」
「おっ」
と、俯いていると至近距離で声が掛かる。完全に意表を突かれたか、驚き過ぎて変な声を出してしまう。ちょうど考えていた彼の声だということもあってか、瞬間的に真っ赤になってあわわと口元を震わせていた。
「じ、ジークさん!?」
バッと顔を上げると、そこには数刻前まで話をしたジークが見ている。上での話を終えて、彼女の席まで戻って来たようだ。
「お疲れですキリアさん」
驚いた様子の彼女にキョトンとした顔をして、気遣うように窺うジークを見て慌てて姿勢を正した。
「も、もう話は終わったんですか?」
「はい。相変わらず活気のある方でしたが」
「そうですか……」
思ったよりも早く終わった談話に、少なからず意外さを感じるキリア。
何せ彼女──ギルドマスターは、彼とお喋りするのをいつも楽しみにしている。月に数回しか尋ねない為か、一度に話す時間は結構長く、何度かそのまま食事に行くこともあった。
(にしても早い。最近会ってないから食事して遊び出すと思ったのに)
すごい時はギルド内にある彼女の部屋にお泊り。──という展開も何度か起こり掛けたのたが、その度にキリアが止めに入り大事には至っていない。
「では、俺はこれで。──また後日」
「あ、はい。お疲れ様でした」
挨拶を告げるとジークはテーブル席に座るバイクにも軽い挨拶をして、ギルド会館をあとにする。そんな彼に視線を追う者もチラホラいたが、対して気にした様子もなくジークは退散して行った。
「後日……か」
キリアは彼の背中を見送る中、無意識にそう呟く。それがどういう意味なのかを認知している彼女は、その一言だけで彼が依頼を引き受けたことを理解。彼女もまたシャリアから例の護衛依頼については聞いていた。
(明らかに彼向きの依頼じゃないから、絶対に断ると思ったんだけど)
正直なところ彼が依頼を引き受けるとは少しも考えていなかった。先程の不意打ちで動揺していたが、冷静になったところでそのことに遅れて気が付いた。
「なに思い耽てるのかな〜〜?  キ〜〜リ〜〜ア?」 
「…………」
その所為で数秒程、キリアの思考は停止してしまった。本当に懲りてないのか、心の隅でそう疑いたくなるほど声が背後から聞こてくる。
「……いつから居たのかしら?  メル」
これも動揺した所為だろう。気配に気付かず怪しげな声音で問い掛けるメルに、振り返らず問い返したが。
「う〜〜ん?  ちょっと前!」
「……そう」
「ねぇねぇキリ──」
「黙りなさい。捻り潰すわよ?」
「捻っ!?  ってまだ何も言ってないし、さっきから言い方が物騒だよっ!!」
結局その後も、一向に自分の席に戻らないメルにキリアよりも先に、堪忍袋が切れた先輩のクローネにより、サボるメルの頭上に雷が落ちるのであった。
◇ ◇ ◇ 
ジークはギルドを出た後、その足で学園にある寮ではなく、街中にある、とあるお店へ足を踏み入れていた。
「ミーア〜〜?  居るか?」
『雑貨ホーガ店』。
古びた木造建てのお店で、掲げてある看板に店名が書かれている。扉を開けて堂々と中に入って店の主の名を呼ぶが、どうも返事が返ってこない。
「ミーア。ミーア?」 
初めは留守かと思ったが、店が開いている。奥の方で休憩でもしているのか、と一応呼び掛けながら足を進めて行く。
中では、様々な工具や本。魔道具らしき物がチラホラと棚に並んでいる。古そうな『魔法紙』に使い古されたような『魔石』。如何にも曰く付きのようなドクロ型の魔道具なども見えた。……いや、チラチラと見えている時点でただの雑貨店ではないが。
「おいミーア?  いないのか?  ミーア〜〜〜?」
しかし、そんな品集もお構い無しに店の主人の名を連呼する。彼にとってこれらの怪しげな粗品は、いつも見慣れている物なのでまったく気にしていない。
「ミーア?  ミーアさん〜〜?  ……ミーアちゃん〜〜〜?」
段々呼び掛けるのにも飽きてきたのか。名前の後に付く接尾がどんどん可笑しな方向へ変えていく。まるでペットでも呼ぶような声音で呼び続けるが、名の主は一向に現れる気配がない。
「んーー?  これでもダメか」
何故ここで留守だと判断してやめないのか。いや、居ないかもと、思考の片隅で考えているが、かえって調子が出てきた。終いには、いささか以上にキャラが崩壊しそうな声音にして、呼ぼうと口を大きく開けて……。
「……オホンっ!  あ、あ〜〜ミーアちゅ「やめてください!」──フゴッ!?」
だが、呼ぼうとした直後。彼の後頭部に衝撃が走る。同時に聞こえた声に彼は頭をさすりながら振り返る。
「っ何を……」
──しかし、そこには誰もいなかった。
「て、あ、アレ?」
誰もいないことに呆然とするジーク。確かに後ろから聞こえて衝撃が来た筈なのに─「どうして?」といった顔で首を傾げると……。
「あの〜?  いきなり殴ったのは謝りますが、さっきから何処を見てるんですか?」
「え、えっ?」
また声が聞こえてくる。ジークが会おうとしている女性の声。だが、キョロキョロと辺りを見渡しても、声の主を見つけることができない。
「一体何処へ?」と彼は頭上にハテナマークが沢山浮かぶ。
「いい加減に、してくださぁーーいっ!!」
と、そこまで引っ張ったところで、必死にアピールしていた彼女が爆発する。込み上げてくる怒りのままに叫んで彼の腹を小さな拳で打ち込んだ。
「うぁッ!?  ミ、ミーア!?  何処から!?  まさかゴーストに!?」
「何がゴーストですか!!  ワザとですよね?  完全にワザとですよねッその反応はっ!?  下ですよ!  したーーッ!!」
「…………へ?」 
言われて顔を下に向ける。するとそこには、頰を膨らまして上目遣いで可愛いく睨む、ピンク髪の小さな子供がいる。下にいたのかと驚く中、そういえば叫び声と共に腹に衝撃がきたと、今になって自覚した。
「ようやくこっちを見ましたかジークさん」
手には買い物袋を持っており、どうやら買い物帰りだったようだが、呆然と彼女を眺めていた彼は、ふと何か気付いたような顔をして声をかける。
「ミーア」 
「何か言うことはありませんか?」
腕を腰に当て頰を膨らまして問う少女ミーアを見て、ジークは“う〜〜ん”と考えるようにミーアを見て…………一言。
「また縮んだ?」
「───なッ!?」
ジークの返答に愕然とするミーア。余程ショックだったのか、持っていた買い物袋を思わず離してしまった。
「お、とっ」
すかさずジークが地面に落ちそうになった袋をキャッチして難を逃れたが。
「なっ、なっ、なっ、なっ……!」
目の前に居る少女の心情はそれどころではなかった。
徐々に怒りで顔を赤くすると、体からビリビリと雷を発生させていた。
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