オリジナルマスター

ルド@

第9話 継承の儀。

「やはり興味はあるか?  あのルールブ家の原初となると」

「そりゃ、ないと言ったら嘘になるかな」

『継承の儀』とは、外部から魔法、或いは特殊な魔力を自身の体へ取り込み受け継ぐ儀式のこと。受け継ぐ魔法も様々ではあるが、今回話に出たのは魔法の中でも、最も謎が多い原初こと──『オリジナル魔法』。 

(当然だな。原初は俺にとって最重要のピースなんだ。色々持っているが、まだまだ足らず奥が深い)

正式名は『原初魔法・・・・』。『秘匿』、『固有魔法』とも呼ばれている。魔法には様々な系統が存在しているが、原初のみは未だに明らかになってない。

そしてその継承を行うのは名門の『ルールブ家』。ウルキアでも有名な由緒正しい家柄であり、魔法としても才ある名家として周囲から注目を集めてきた。

(父親が元魔法騎士であの《金狼・・》なのは知っていた。原初持ちなのも知っていたが、まさか学生の間に継承させるとはな)

現当主であるルールブ家の父御はかつて、ジークと同じように大戦経験がある。貴族では珍しい分類のお方で、直接対面したことはなかったが、彼も大戦時には何度か噂を耳にしていた。

『エリューシオンの《金狼・・》には気を付けろ!』

『金狼』とは、現当主の二つ名である。そして才能を受け継いだのか、その娘であるルールブ家の令嬢もまた、学園内では優秀な魔法の使い手として注目されていることを彼は知っていた。

(興味がない訳がない。可能なら手に入らなくても見てみたい)

そんな名家が誇る『オリジナル魔法』。それは貴族、平民関係なく魔法使いなら喉から手が出るほど欲しい筈だ。 

(問題は継承方法だ。色々とあるが、一般的には魔道具などを利用することが多いと聞くが……)

そして魔法を継承する方法としては、基本的に三つ存在する。

一つ目は、現使い手から直々に魔法の使用方法を伝授して貰う。これは儀式的な引き継ぎとも言える。使い手が継承者の前で伝授方法を見せる。そして継承者が同じように手順を踏むことで、自動的に魔法が引き継がれる仕組みだ。

二つ目は、現使い手が継承者に接触して、直接『魔法術式』その物を送り込む方法。魔力的な接触の為、手間は一番掛からないが、安定率が一番悪く送り込めず拒絶される可能性がある。

三つ目は、『魔法紙』や『魔石』。特定の魔道具に『魔法術式』を込めて物を通すことで継承させる方法。この中で最も利用することが多く、『魔法紙』にしろ『魔石』にしろ、貴族なら手に入れようと思えば簡単に手に入る物だ。ルールブ家程の名家であれば尚更簡単であろう。

ただし『魔法紙』や『魔石』に術式を込める場合、低レベルの魔道具であれば込める継承には不向き。しかもそれがオリジナル魔法級であれば、より高ランク魔道具が必要となる。

(こればかりは一流以上の魔法技師が居なきゃお話にならない。戦闘方面ばかりの魔法が多い冒険者や魔法騎士じゃ『魔石』の加工や『魔法紙』を作る技術なんてないからな)

『魔法紙』は専門の魔法技師が作っており、『魔石』は魔物から入手することができるが、儀式などで使用するのであればまた新たな加工が必要なのである。彼が討伐依頼で倒したジェネラルブラックオークの中にも『魔石』は存在するので、この後取り出す予定なのだ。

(だが、街の貴族の中でも一位二位には、位置にするルールブ家なら問題なく用意できるだろう。──だからこそ)

「間違いなく狙われるから……護衛が必要と?」

ようやくシャリアの言いたいことを理解する。この依頼が相当に厄介なものであることも。

「そういうことだ。継承が行われるのは一週間後の予定だ。その間、影で彼女を狙う者から守り、無事に『継承の儀』を果たさせるようにすることだ」

──狙う者。つまり『オリジナル魔法』を欲する者のことだ。

他人の魔法を奪う方法は意外と沢山ある。例えば発動した魔法の原理を探る『解析魔法』というのが存在するが、これを他人が使う魔法に対して使うことで、情報として盗み出すことが出来る。この場合、奪うというより真似るという方が正しいかもしれないが、公式的に名前のみ明かされている通常魔法、基本魔法などであれば読み取ることも可能であろう。

(けど、原初は不可能だ。長い歴史でも原初を解析出来たという事例は存在しない)

だが、今回のオリジナル魔法は術式が複雑かつ初めて見た者には理解出来ない。現時点の『解析魔法』レベルでは盗み出すのは不可能だ。

(俺のような特異な体質と自己流の解析術でもない限り、真似るだけでも遥かに遠い道のりだ。それならもう直接奪う方が手っ取り早い)

そして他にも魔法で相手の魔法術式その物を奪う。というのも中にはあるが、基本相手が狙うのは使用するであろう『魔道具』の方だ。『魔法紙』か『魔石』を手に入れば後は簡単。その中にある魔法術式を体に取り込むだけ。たったそれだけで奪うことができるのだ。

(だとしたら相当な大物が出てくるかも可能性もある。シャリアが俺に寄越した程だ)

だからこそ厄介な依頼だとジークは難しい表情で思った。原初に対して欲はあるが、この仕事は個人でやらせるものではないと感じたのだ。

「一応訊いておくが、他の高ランクの冒険者チームでの護衛は無理なのか?」 

出来るなら最初からこちらに頼まないだろうが、と何となく察しながら可能性として訊いてみようと試みる。

しかし、シャリアから返ってきたのは、深刻な程の否定だった。

「情報が入ってな。腕の立つ盗賊や暗殺者が既に動いているらしい。……ガセかも知れんが」

(盗賊はともかく暗殺者まで動いているかもってことは……)

既に事態は自分の予想よりも進んでいたか。そのことに彼は眉を歪めるが。

「だったら尚のこと。高ランクの冒険者のチームで『継承の儀』まで護衛すればいい。公の場に出れない俺と比べれば間違いなく動き易い筈だろ?」

「ああ、そうだ。……だが無理なんだ」

「何がだ?」

何処か辛そうで悩ましく目を閉じるシャリアに、彼は一体何が無理なのか、頭の中で思考を巡らせる。だが、一向に見当が付かず納得のいく答えが見つからない。どうしたことのかと悩むが、結局シャリアが重くなった口を開くまで待つと……。

「……表に出せないのだ。今回も」

疑問符を浮かべる彼の心情を察したか、助け船になるかは分からないが、シャリアは答えを口にした。彼が望まず嫌っている貴族としての答えを。

「……ハァー」

まったく望まない答えを聞かされた後、呆れ混じりの溜息を吐く。体を後ろへ傾けてソファーに深く座り込むと呆れた目で彼女を見つめた。 

「またなのか?」

「あぁ、向こうからの頼みだ。継承自体もしばらく公表せず時期を待つそうだ」

「なんというか、まぁ……貴族っていうのは、どいつもこいつも同じ馬鹿なのか?  娘が危険な目に遭いそうって時に」

生憎と彼は貴族ではない。なりたいと思わないが、だからこそ理解し切れない。
何処とも分からない相手に継承についてバレてしまって、それを手に入れようと娘のもとに刺客を送り込まれている。……そんな危険な状況である中、表に流したくないという意味の分からない要望だ。

「バカバカしい。どう考えてもバカバカしい願いだ」

考えることすら馬鹿に思えてくる程に、彼は呆れ過ぎて怒る気も起こらなかった。

(流石は貴族と言ったところか?  良くこんな我儘で頼み込んでくる。何故か笑いが出そうだ) 

『継承を行うから護衛が欲しい。だが公にできないから極秘裏に動いてもらいたい』。オーク討伐と同じで表に出せないという依頼だが、この二つが同じタイプではないと彼は断言できる。

(これだから貴族は嫌いなんだ。立場を重んじるとか、誇りがどうとかよく言うが、非常時にそんなことを言ってる連中の考えなんて理解したくもない)

「アホらしくてもうやる気もねぇよ」

実にくだらないことだと思わず、吐き捨てるように口に出た。

「随分都合の良い申し出だよな?  流石貴族様だ、真似できないわ」 

すべて本心である。さっきまではやる気が溢れてくる程だったが、今ではすっかり枯れている様子。
これでもかと不快感を滲ませ、依頼内容にご立腹である。「こんな依頼は断るに決まっている!」と言っているようなもので、もう口にして言ってもおかしくない様子だった。


──そう、シャリアが仲介してなかったら。彼の不満の声を黙って聞いていたシャリアは徐々に落ち込んでいくと、とうとう申し訳なさそうにして、やはり無理かと肩を落としていた。


「う……だよな」

「……」

もし狙ってやっているのなら相当な策士である。普段世話になっているシャリアから、ここまで頼み込まれて落ち込んでいるのを見ると、彼も即時決断するのは少しばかり躊躇ってしまう。

(まぁ、世話になってるのは事実だし、多少我慢して受けてやりたいところだが……)

しかし、彼の方にも都合というものがある。シャリアには告げていないが、この依頼を受けるにあたってジークには正体以外にも面倒な問題がもう一つあった。

(相手も相手だからな。彼女とはあの件・・・ですっかり目の敵にされてる。ヘタに近づいたら寧ろ危険な気しかしない)

まさか相手の令嬢と因縁があるとは思っていないだろうが、それを伝えればもしかしたら人選を考え直すかもしれないと、彼は期待して言おうかどうか迷ってしまう。

考えれば考える程自分に都合の悪いことしか出てこない案件。落ち込む彼女の顔を見ると断るのが辛い状況だが、ちゃんとした理由であれば。依頼に対してちゃんとした難問があることを伝えれば、分かってもらえるかもしれないのだ。

(だが、メリットがないこともないんだよな)


しかし、一つだけ彼女の話の中に彼の心を引き寄せる。──魅力的な単語が含まれていた。


(あのルールブ家が所持する『オリジナル魔法』。──つまり 大戦時に《金狼》が使用していた魔法ってことだな)

やる気は乏しいが、そこだけは非常に興味がそそる。様々な障害が含まれる今回の依頼に対し、ただ一つ興味が湧くことであった。

そして自身の心の内でもう一度。受けるべきか受けないべきか、迷って判断が付かないでいる頭で、思考の迷路に入りながらも考えを絞り出す。

(……まぁ、結局のところバレなければいいだけだし。隠れるのも割と得意だ。バレても変装してるから大丈夫な筈。追及されても依頼だって言えば済む。受ければシャリアも喜ぶし借りも返せる。あと…………大丈夫だよな?  いけるか?  いいか?  色々言ってみたけど、問題も同じくらいあるが……)

など、心の中で次々と自分に言い訳していく。集中した様子で額に手を当てて、しばし自問自答し続けていき……。






「仕方ないかな。……引き受けるよシャリア。その依頼」

メリットが勝ったのだと、やや強引に結論付けて彼は言う。内心、これから大変なことになるとヒシヒシと感じながら。

「お、おおーー!?  そうかそうなのか!?  受けてくれるんだな!?  っ、おおおおお、やったーーっ!!」

彼の承諾を聞き思わずソファーの上で、ぴょんぴょんとシャリアは跳ねる。ソファーの弾力で天井に届くのではないか、と思う程高く跳び上がっているが、そうしてはしゃぐ様子は子どものようで、どこか微笑ましい光景に見えなくもなかった。

「え、うおっ!?」

ただ、下から見上げた彼からは、まったく違う光景が映りそうになっている。ぴょんぴょんと跳ねる彼女を自然と目で追おうとしていたところで、その跳ね上がり見えそうになるソレに思わず変な声を出してしまう。


具体的には広がって見える影の奥にあるソレだ。まだ見えないが、焦ったジークはギョッとして叫んだ。


「待て待てシャリアっ!  見える……見えちゃうって!?」 

言われてシャリアは「ん?」と首を傾げるが、指で服を指されたのを見て、ああと納得する。

彼女の服装は黒のワンピースに白の上着姿。ギルドにいる時は大抵そんな格好をしているが、その格好で跳ぶ度にワンピースの裾が跳ねて上がってしまい、その奥がジークの視界に…………。

(見えてないから!  誰がなんと言っても、絶対見えてないからな!?)

入りかけたような気がしたが、本人は全力で否定する。自ら追っていた目を外したことで、逸らした首を若干痛めた。

「私は気にしないぞ?」

「いや気にしてくれないかな?  俺も一応男だよ?」

それに見た目は幼女なので、万が一中身を見て悶々してしまったら、と思うと大変危険な状況である。というか男性として完全にアウトである。さらなる危機感も覚えたので、視界をシャリアの首から上に固定した。

(見た目は幼女だけど、どうも普通の子供とは違うんだよな)

子供特有の幼さが出てない所為だろう。返って大人特有の余裕な雰囲気が出ているので、少なからず意識してしまいそうになる。

それと一応言っておくが、彼は決してロリコンではない。普通の女性が好きな普通の男性だ……たぶん。

「なんだ?  欲情でもしたか?  このカラダに?」

「欲情まではしてないが、少しばかりは意識はあるかもな?」

ニヤリと微笑を浮かべるシャリアの問いに苦笑して彼は答える。さっきまでは意識しなかったが、彼女の人間離れした神聖な雰囲気と見え隠れする妖艶な雰囲気が相まって、子供体型なのに何処か気を抜くと惑わさそうになる。

(避けるにしても至るところに罠がある気分だ)

だからからかわれるのを承知の上で言ったのだ。ただどうせならシャリア・インホードという女性に対して、僅かであるが意識しているだけで、容姿とは別だと付け加えて言いたかった。

余裕がなくやや変な風に言ってしまったが、聞いたシャリアは内心焦っているであろう彼の心の内を見破った上で、彼の流れに付き合うことにした。

「そなたは正直だなぁ。……普通誤魔化さないか?」

もし先程の問いに答えたのが、ジーク以外の男性であったのなら。間違いなくロリコン疑惑、いや告白としてシャリア率いる女性職員たちから冷たい眼差しと罵倒の的となっていた。目の前の男に関してはそこまで冷たく言う気はなく、どうせならもっと喰らい付く感じの方がいいと、若干もの足りない気持ちでいた。

「そこら辺に関しては誤魔化しても良いことがないのは、昔から散々味わって来たからなぁ」 

そう言うとジークは少しだけ物想いに耽る。──その為、たった今自分が言った失言にも気付かなかった。

「昔?  例の女のことか?」

「え?  ……あ」

言われてようやく失言に気付いたが既に遅かった。

「あ〜〜そういえば、噂になっていたぞ?  三ヶ月程前からな?」

言い回しが何処か若干不機嫌な感じのシャリアに、ジークは困ったように言葉を濁してしまう。誤魔化すか考えを巡らせるが、そもそも誤魔化すというのもおかしい。広まっている以上、シャリアにはいつか言わないといけないことだ。

「最近そなたがギルドに顔を出さなくなったのも。その女が理由なんだろう?」

「“その女”って言い方。やっぱりギルド内でも噂になってた?」

「一時期な、まぁすぐに収まったが」

ご立腹といった様子で鼻息を荒くして吐くシャリアに、彼は辛くなったか、視線を下に向いてしまい申し訳なさそうな表情をした。 

「俺の所為でシャリアやギルドの方に迷惑を。……済みません」

「謝るな。気にすることはない。その噂については既に処理済みだ」

彼の謝罪を跳ね除け彼女は素っ気なく答える。実際は結構手こずっていたが、その表情からは恨みや妬み関連は一切感じられない。普段の試すような表情でもなく、本心から言っているのだ。

「あの程度の噂なら似たような例もある。そなたもいちいち気にすることはない」

「そうか、ありがとう」

それを聞いて少しは心が軽くなる。学園ではそういった視線を毎日浴び過ぎている所為か、感覚が少し麻痺してしまったようで、いつも気にした風を見せていなかったが。知り合いに迷惑が掛かるのだけは、堪えてしまうようだ。

「どういう経緯でそのような噂が流れたか、私は知らないが」

決して深く追及しようとは考えていないが、やはり気になってしまう。
自分が友として慕う者のことを。

「興味本位で訊くが、事実なのか?  ……あの噂は?」

だからこそ、このような言い回しで尋ねるしかなかった。だが、たとえどんなに返答が返ってきても、彼女は受け止めるつもりである。これ以上は何も言わず、ただ耳を傾けて彼の返答を待ち続けると……。

「どんな風に聞いているか分からないから……答え兼ねるが」

言葉を選ぶようにして呟くと、ジークは親指であごの裏を触り、思案するような仕草をしてどう答えるか冷静に考える。答えは出ているが、感情的には答えない。言えば悟られる気がして、その先のことまでも見破られる危険があったから。

──だから、まぁ良いか。といった様子の笑みで彼女に向かって告げた。 

「多少尾ひれや憶測が加わって変わってると思うが───」 

ここまで言い切ると一瞬だけ間を空け、シャリアの目を見つめながら。





「事実だ。俺は三ヶ月前……俺は同級生の女子を泣かせた」




そう呟いた時のジークの顔は、話の内容に比べて──酷くさっぱりとした表情であった。

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