オリジナルマスター
第2話 依頼。
補習を無事に乗り切ったジークは学園を出た後、街中にある冒険者ギルドの会館を訪れた。
「よぉ〜ジーク久しぶりだな。なんだ、依頼でも受けに来たのか?」
「っバイクか。ああ、楽な依頼があるって聞いたからな」
入り口から入った途端。鼻に来る強烈な酒の臭いに顔を顰めるジーク。その時点で予想が付いて気付かれる前にスルーしたかったが、その前に声が掛かってしまう。できれば離れたかったが、ギルドの中でも知り合いの一人だ。仕方ないといった様子で彼は、非常に酒臭いが酔い潰れた中年の男性がいる方へ顔を向けた。
「あ〜偶には難易度が高いのもヤレよ。相変わらず若いのに怠惰な奴だぁ」
「安全に行きたいんだ。あと酒臭いから口を向けるな。たく、まだお日様が出てるのに、完全に潰れてるな」 
「酒を飲むのに朝も昼も夜も関係ねぇーよ。そっちこそもっとちゃんと依頼を受けに来たらどうなんだぁ?」 
あくまでリスク最小を望む彼の返答に酔いながら不満そうにバイクは呟く。飲み足りないのか、設置されているテーブル席でグイグイ酒を飲んでいる。
(ま、そんなに飲んでたら朝も昼も関係ないよな)
そんな様子にジークは肩を竦める。このギルドの中でも顔が利き人望もある人だが、同時にどうしようもない程の酒好きだ。それも『妖精国』に居る酒豪家。ドワーフなどともタメを張ると噂される程に。
「面倒なんだ。俺は楽がしたいんだよ」
「ヤル気を出せよ、若人よ」
「そっちこそ酒飲んでないで働けよ、飲んだくれ」
『『……』』
冒険者ランクが低いジークだが、周囲の冒険者たちからは、良い意味でも悪い意味でも知られて注目を浴びていた。
バイクは冒険者の中でも、先輩的な立ち位置にいる人物。ランクはCの《中級者》で全体的には標準ランクだが、長い間、この街で活動してきたこともあってか、指導したことがある新人の冒険者たちや後輩の者たちからも慕われていた。
「今度はお前も一緒に飲まないか?  飲めばきっと分かるぜ、酒の喜びがな!」
「そうかそうか、ではさようなら〜」
「さらっと流すのかよ、おい」
未成年であるジークは、バイクの誘いを軽く流し受付の方へ向かう。周囲から色々な視線を浴びることになったが、いつものことだと流すことにする。寧ろ突っ掛かって来ないだけマシだと考えた。
(しかし遠慮がない。学園じゃ仕方ないが、ギルド内でそんな目立つことしたか?)
種類としては、雑魚を見るような目に、噂を知り彼を蔑むような目。Fランクの《初心者》が堂々とバイクと対等に話している。などといったイラつきやムカつきの視線が集まっていた。
ちなみに視線の中の殆どは、彼と同じ学生の者が多い。それ以外の視線では大人の冒険者たちの一部が、彼に対し異質な者を見るような視線を向ける。学生からの視線が蔑むようなもので統一されているのは、やはり学園での彼の状態が原因であろう。
(好奇心で探ってくる連中よりかはマシか。この差は年季の差か、同い年の連中のほうが感情的で単純だ)
探るような視線がないのは彼からしたら有り難い。無視してさっさと用事を済ます為に受付窓口へ移動した。
(お、ちょうど空いてる)
受付窓口は三つあり、三人の受付嬢が座って待機している。そのすべてが依頼の相談や討伐した魔物の買取などを請け負ってくれている。現在三つの内一席が埋まっていて二つ空いていたが、彼は迷うことなく一番左の受付へ歩み寄った。
「来ましたかジークさん」
「どうもキリアさん、本日もよろしくお願いします」
彼が声を掛けたのは、キリア・ネイルという受付嬢だ。薄緑色の長い髪が肩まであり、黒のジャケットと白のワイシャツのスーツ姿をしている。 彼が冒険者ギルドに来ている時は、いつもキリアのところで手続きを済ませていた。
(久々だけどなぁ)
(久しぶりですね。本当に)
などと内心呟いているジークと同じでキリアもまた呟いていた。残念なことに彼がギルドに来るのは月に数回程度。しかも、正式な依頼を受けるのは月に一回あるかないか、危険度によって決められている。それだけ平和ということでもあるが、ギルド側としてはもう少し貢献してほしいのが本音だった。
(けど、本当に危ない時は助けに来てくれるので、街に居るだけでも安心しますが)
そして今回はギルド側としても、彼には絶対に受けてもらわないと困る案件。 彼も当然それを承知の上でここに来ていた。
「では、これが今回の依頼です」
「拝見します」
キリアが手渡した紙の表紙には、二つの星が描かれている。
用意していたのは依頼内容が記載された、二〜三枚の詳細紙のコピーだ。
「……」
彼はそれらを受け取り目で読み取って終える。
時間にして約一分。周囲から不審がられないように、とくに表情を変えず受け取った。
「はい、了解しました。この内容で引き受けます」
「では、よろしくお願いします。……頑張ってね」
終始真面目な顔だったキリアだが、最後だけ、彼にだけ聞こえるように小さく呟いた。微かな心配そうにする顔は、向かい合う彼にだけは見えていた。
「はい、いつも簡単な仕事を紹介してくれて、ありがとうございますね。キリアさん」
「っ……いいえ、仕事ですので」
笑顔でお礼を言うジークに一瞬顔を凍り付かせたキリア。だが、すぐに表情を戻して平常心で彼の言葉を乗り切った。
(頰が震えてる。少しマズったか?)
彼としては、だたのからかい、ジョークのつもりであったが、微かに辛そうに見えるキリアの表情に、少しばかり言葉を選ぶべきだったと反省した。
「それじゃ俺はこれで」
「はい、気を付けてくださいね」
いくつか業務的に言い交わすと受付口から背を向けて出口へ向かう。
「頑張って来いよ?  寝坊助」
「アンタもな?  酔いどれ」
「飲んだくれの次は酔いどれかよ」
「違うと?」
「まぁ、否定はしない。酒サイコーだぁ!」 
「……そうか」
去り際にテーブル席のバイクと軽い相槌を打ち。ジークはギルド会館を後にした。
◇ ◇ ◇ 
 
「ふぅ……、失言だったわ」
薄っすら額に冷や汗を垂らし嘆くキリア。周囲の目を引くのでなるべく平常通りであるが、心の中の動揺は大きくなかなか治らなかった。
「はぁ、戸惑うなら言わなきゃいいのに。何してるんだろ」
先程のは完全に素の対応であった。心配してつい言ってしまったが、依頼を受ける冒険者への余計な意識を向けるような発言、対応は御法度だ。ここ一番で私情が挟み仕事に支障が出るかもしれないし、万が一の場合それで責任問題になることもある。
「気を付けないといけないのは私の方か。ま、首を突っ込み過ぎて今みたいなボジションに付いてるんだけど」
思わず苦笑してつい呟いてしまう。ギルド内唯一、彼女だけは彼とギルドマスターの秘密を知っている。偶然ではあるが、その結果、密かに彼が行なっている仕事も知っており、こうしてサポート役に立っていた。
その心情は複雑極まりないものだが。
間違いなく街一の特記戦力である彼だが、それを振るう彼自身がまだ学生であるということに、キリアはいつも負い目を感じていた。年齢だけを考えてもキリアからしたら大人ではない子供なのだ。直接口にしたことはないが、そこだけはどうしても納得することはできずいたキリア。
「て、私が異議を唱えても意味ないけどね」
「何が意味ないの?」
「───ッ!  メル!?  い、いきなり声を掛けないでよ!」 
突然横から声がしたと思えば隣の席で受付嬢のメルが、ニヤニヤしながら耳元で話し掛けてきた。思わず焦り声を漏らしたキリア。慌てて周囲の様子を気にしつつ、小さな声で彼女を叱り注意したが。
「ふふっ久しぶりに来たね。キリアのお気に入りさん」
「誤解を招くような言い方はやめなさい」
「ああ、ゴメンね?  ギルマスのお気に入りさんだったけ。まだ?  キリアの物じゃなかったね〜〜?」
「……」
全然怯んだ様子もなくニヤニヤする同期に、キリアはふつふつと怒りを込み上げてくるが、それは逆効果だと長い付き合いから知っているので、小さく息を吐いて冷静さを取り戻すことに努めた。
「ねぇねぇ、そろそろ教えてよ?  何でジークの時だけキリアが請け負うことになってるの?」
実は彼が街で有名な理由の一部には、キリアの存在も関係している。いつの間にか彼の受付担当として受け持つようになっていたことに、周囲の驚きが大きかったのだ。
基本ギルドは冒険者に対して特別扱いはしない。
相手がFランクの《初心者》なら尚のこと。
噂が出だした当初は、メルのようにキリアに訊きに来た職員、冒険者が沢山いた。異例だということもあったが、受付嬢でもある彼女が有名であったことが噂の拡大の原因でもある。日に日に尋ねる者が増えていった。
が、その度に彼女の返答は決まって同じ。
「ギルドマスターの指示よ」
淡々とした様子でそう告げるだけ。
ただ、『ギルドマスター』という一言は聞いて来た人たちを黙らせるには、十分な力があった。しばらくすると噂は消えなくても質問する者は殆ど消えていた。
「む〜〜〜また誤魔化すんだ?」 
が、メルは別であった。
頰を膨らまして拗ねたような仕草を取るメル。
「何よ」
嫌そうな顔を隠さずキリアが口にする。彼女からのこの質問はもう十回以上だ。彼女もいい加減しつこいと感じていた。
だから視線を感じた先の人物に、彼女を追い出してもらうことにした。
「膨れてないで自分の席に戻りなさい。──クローネ先輩が睨んでるわよ?」
「え?  ……ヒッ!?」
キリアに言われて彼女の視線の方を見るメル。
すると笑みが恐怖に変わった。
「……」
こちらは営業スマイルであるが、その額には怒りの所為か血管が浮き上がるクローネという女性が座っている。自分の席からこちらを、主にメルを見ていた。ちっとも笑っていない瞳でジッと。
「あ、あははは、じゃ、じゃねキリアー。今度はぜったい教えてよ!?」
その視線にブルっと体を震わせると、そんな捨て台詞を残し、メルは自分の席へ戻っていった。
そして急いで席に戻って行くメルを横目で見ながら、キリアは息を潜めて疲れたように俯く。
「はぁ……教えられるわけ、ないじゃない……!」
小さな掠れ声で呟き、チラリと設置されている掲示板を見た。
*依頼を受ける冒険者方々へのお知らせ*
我々は以下のランクに従って、ご依頼内容を提示しています。
もし何か、お聞きになりたいことがあれば、いつでも受付までお尋ね下さい。  
*下記がギルド調査員が調べた魔物のランクに適した、冒険者方々への依頼基準となります*
【十三星】《最上魔神級》
【十二星】《最上神獣級》
SSランク方のみが受けることが出来ます。
─────────
【十一星】《魔神級》
【十星】《神獣級》
Sランク以上の冒険者にオススメです。 
*複数人での討伐を推奨。 
─────────
【九星】《剣魔級》
【八星】《龍魔級》
【七星】《獣魔級》
AランクからBランク以上の冒険者にオススメです。
*複数人での討伐を推奨。 
─────────
【六星】《上位級》
【五星】《中位級》
【四星】 《初級》
CランクからDランクの冒険者にオススメです。 
*複数人での討伐を推奨。
─────────
【三星】《上級》 
【二星】《中級》
【一星】 《小級》
EランクからGランクの冒険者にオススメです。  
*十二星以上の場合はギルド側から規制をさせて頂きます* 
*十一星以下の場合は規制は御座いませんが、ギルド側からは一切責任を取り兼ねるのでご了承ください*
「ハァ……気が滅入るわ」
机の引き出しを開けて、中にある資料の中身をチラリと見る。周囲に気付かれないように。
「……」
目にするのは先程彼に渡した依頼書の原書だ。
表の表紙にはさっきと同じで二星が描かれているが、中身を見ると───七星となっていた。
「大丈夫なのは分かってるんだけどね。……ぁー」
小さく呻き声を漏らしながら掲示板に向け、また小さく嘆いた。
(何で十二星からしか規制が敷かれてないの?)
そのことに対して彼女は声にこそ出さないが、不満顔になって掲示板を睨んだ。サポートする立場から彼の正体も知っていたが、それでもやはり心の何処かであんなに優しく、自分より年下である彼のことを思うと、どうしても、こんな規制の裏をかいたようなやり方に納得することが出来なかった。
「よぉ〜ジーク久しぶりだな。なんだ、依頼でも受けに来たのか?」
「っバイクか。ああ、楽な依頼があるって聞いたからな」
入り口から入った途端。鼻に来る強烈な酒の臭いに顔を顰めるジーク。その時点で予想が付いて気付かれる前にスルーしたかったが、その前に声が掛かってしまう。できれば離れたかったが、ギルドの中でも知り合いの一人だ。仕方ないといった様子で彼は、非常に酒臭いが酔い潰れた中年の男性がいる方へ顔を向けた。
「あ〜偶には難易度が高いのもヤレよ。相変わらず若いのに怠惰な奴だぁ」
「安全に行きたいんだ。あと酒臭いから口を向けるな。たく、まだお日様が出てるのに、完全に潰れてるな」 
「酒を飲むのに朝も昼も夜も関係ねぇーよ。そっちこそもっとちゃんと依頼を受けに来たらどうなんだぁ?」 
あくまでリスク最小を望む彼の返答に酔いながら不満そうにバイクは呟く。飲み足りないのか、設置されているテーブル席でグイグイ酒を飲んでいる。
(ま、そんなに飲んでたら朝も昼も関係ないよな)
そんな様子にジークは肩を竦める。このギルドの中でも顔が利き人望もある人だが、同時にどうしようもない程の酒好きだ。それも『妖精国』に居る酒豪家。ドワーフなどともタメを張ると噂される程に。
「面倒なんだ。俺は楽がしたいんだよ」
「ヤル気を出せよ、若人よ」
「そっちこそ酒飲んでないで働けよ、飲んだくれ」
『『……』』
冒険者ランクが低いジークだが、周囲の冒険者たちからは、良い意味でも悪い意味でも知られて注目を浴びていた。
バイクは冒険者の中でも、先輩的な立ち位置にいる人物。ランクはCの《中級者》で全体的には標準ランクだが、長い間、この街で活動してきたこともあってか、指導したことがある新人の冒険者たちや後輩の者たちからも慕われていた。
「今度はお前も一緒に飲まないか?  飲めばきっと分かるぜ、酒の喜びがな!」
「そうかそうか、ではさようなら〜」
「さらっと流すのかよ、おい」
未成年であるジークは、バイクの誘いを軽く流し受付の方へ向かう。周囲から色々な視線を浴びることになったが、いつものことだと流すことにする。寧ろ突っ掛かって来ないだけマシだと考えた。
(しかし遠慮がない。学園じゃ仕方ないが、ギルド内でそんな目立つことしたか?)
種類としては、雑魚を見るような目に、噂を知り彼を蔑むような目。Fランクの《初心者》が堂々とバイクと対等に話している。などといったイラつきやムカつきの視線が集まっていた。
ちなみに視線の中の殆どは、彼と同じ学生の者が多い。それ以外の視線では大人の冒険者たちの一部が、彼に対し異質な者を見るような視線を向ける。学生からの視線が蔑むようなもので統一されているのは、やはり学園での彼の状態が原因であろう。
(好奇心で探ってくる連中よりかはマシか。この差は年季の差か、同い年の連中のほうが感情的で単純だ)
探るような視線がないのは彼からしたら有り難い。無視してさっさと用事を済ます為に受付窓口へ移動した。
(お、ちょうど空いてる)
受付窓口は三つあり、三人の受付嬢が座って待機している。そのすべてが依頼の相談や討伐した魔物の買取などを請け負ってくれている。現在三つの内一席が埋まっていて二つ空いていたが、彼は迷うことなく一番左の受付へ歩み寄った。
「来ましたかジークさん」
「どうもキリアさん、本日もよろしくお願いします」
彼が声を掛けたのは、キリア・ネイルという受付嬢だ。薄緑色の長い髪が肩まであり、黒のジャケットと白のワイシャツのスーツ姿をしている。 彼が冒険者ギルドに来ている時は、いつもキリアのところで手続きを済ませていた。
(久々だけどなぁ)
(久しぶりですね。本当に)
などと内心呟いているジークと同じでキリアもまた呟いていた。残念なことに彼がギルドに来るのは月に数回程度。しかも、正式な依頼を受けるのは月に一回あるかないか、危険度によって決められている。それだけ平和ということでもあるが、ギルド側としてはもう少し貢献してほしいのが本音だった。
(けど、本当に危ない時は助けに来てくれるので、街に居るだけでも安心しますが)
そして今回はギルド側としても、彼には絶対に受けてもらわないと困る案件。 彼も当然それを承知の上でここに来ていた。
「では、これが今回の依頼です」
「拝見します」
キリアが手渡した紙の表紙には、二つの星が描かれている。
用意していたのは依頼内容が記載された、二〜三枚の詳細紙のコピーだ。
「……」
彼はそれらを受け取り目で読み取って終える。
時間にして約一分。周囲から不審がられないように、とくに表情を変えず受け取った。
「はい、了解しました。この内容で引き受けます」
「では、よろしくお願いします。……頑張ってね」
終始真面目な顔だったキリアだが、最後だけ、彼にだけ聞こえるように小さく呟いた。微かな心配そうにする顔は、向かい合う彼にだけは見えていた。
「はい、いつも簡単な仕事を紹介してくれて、ありがとうございますね。キリアさん」
「っ……いいえ、仕事ですので」
笑顔でお礼を言うジークに一瞬顔を凍り付かせたキリア。だが、すぐに表情を戻して平常心で彼の言葉を乗り切った。
(頰が震えてる。少しマズったか?)
彼としては、だたのからかい、ジョークのつもりであったが、微かに辛そうに見えるキリアの表情に、少しばかり言葉を選ぶべきだったと反省した。
「それじゃ俺はこれで」
「はい、気を付けてくださいね」
いくつか業務的に言い交わすと受付口から背を向けて出口へ向かう。
「頑張って来いよ?  寝坊助」
「アンタもな?  酔いどれ」
「飲んだくれの次は酔いどれかよ」
「違うと?」
「まぁ、否定はしない。酒サイコーだぁ!」 
「……そうか」
去り際にテーブル席のバイクと軽い相槌を打ち。ジークはギルド会館を後にした。
◇ ◇ ◇ 
 
「ふぅ……、失言だったわ」
薄っすら額に冷や汗を垂らし嘆くキリア。周囲の目を引くのでなるべく平常通りであるが、心の中の動揺は大きくなかなか治らなかった。
「はぁ、戸惑うなら言わなきゃいいのに。何してるんだろ」
先程のは完全に素の対応であった。心配してつい言ってしまったが、依頼を受ける冒険者への余計な意識を向けるような発言、対応は御法度だ。ここ一番で私情が挟み仕事に支障が出るかもしれないし、万が一の場合それで責任問題になることもある。
「気を付けないといけないのは私の方か。ま、首を突っ込み過ぎて今みたいなボジションに付いてるんだけど」
思わず苦笑してつい呟いてしまう。ギルド内唯一、彼女だけは彼とギルドマスターの秘密を知っている。偶然ではあるが、その結果、密かに彼が行なっている仕事も知っており、こうしてサポート役に立っていた。
その心情は複雑極まりないものだが。
間違いなく街一の特記戦力である彼だが、それを振るう彼自身がまだ学生であるということに、キリアはいつも負い目を感じていた。年齢だけを考えてもキリアからしたら大人ではない子供なのだ。直接口にしたことはないが、そこだけはどうしても納得することはできずいたキリア。
「て、私が異議を唱えても意味ないけどね」
「何が意味ないの?」
「───ッ!  メル!?  い、いきなり声を掛けないでよ!」 
突然横から声がしたと思えば隣の席で受付嬢のメルが、ニヤニヤしながら耳元で話し掛けてきた。思わず焦り声を漏らしたキリア。慌てて周囲の様子を気にしつつ、小さな声で彼女を叱り注意したが。
「ふふっ久しぶりに来たね。キリアのお気に入りさん」
「誤解を招くような言い方はやめなさい」
「ああ、ゴメンね?  ギルマスのお気に入りさんだったけ。まだ?  キリアの物じゃなかったね〜〜?」
「……」
全然怯んだ様子もなくニヤニヤする同期に、キリアはふつふつと怒りを込み上げてくるが、それは逆効果だと長い付き合いから知っているので、小さく息を吐いて冷静さを取り戻すことに努めた。
「ねぇねぇ、そろそろ教えてよ?  何でジークの時だけキリアが請け負うことになってるの?」
実は彼が街で有名な理由の一部には、キリアの存在も関係している。いつの間にか彼の受付担当として受け持つようになっていたことに、周囲の驚きが大きかったのだ。
基本ギルドは冒険者に対して特別扱いはしない。
相手がFランクの《初心者》なら尚のこと。
噂が出だした当初は、メルのようにキリアに訊きに来た職員、冒険者が沢山いた。異例だということもあったが、受付嬢でもある彼女が有名であったことが噂の拡大の原因でもある。日に日に尋ねる者が増えていった。
が、その度に彼女の返答は決まって同じ。
「ギルドマスターの指示よ」
淡々とした様子でそう告げるだけ。
ただ、『ギルドマスター』という一言は聞いて来た人たちを黙らせるには、十分な力があった。しばらくすると噂は消えなくても質問する者は殆ど消えていた。
「む〜〜〜また誤魔化すんだ?」 
が、メルは別であった。
頰を膨らまして拗ねたような仕草を取るメル。
「何よ」
嫌そうな顔を隠さずキリアが口にする。彼女からのこの質問はもう十回以上だ。彼女もいい加減しつこいと感じていた。
だから視線を感じた先の人物に、彼女を追い出してもらうことにした。
「膨れてないで自分の席に戻りなさい。──クローネ先輩が睨んでるわよ?」
「え?  ……ヒッ!?」
キリアに言われて彼女の視線の方を見るメル。
すると笑みが恐怖に変わった。
「……」
こちらは営業スマイルであるが、その額には怒りの所為か血管が浮き上がるクローネという女性が座っている。自分の席からこちらを、主にメルを見ていた。ちっとも笑っていない瞳でジッと。
「あ、あははは、じゃ、じゃねキリアー。今度はぜったい教えてよ!?」
その視線にブルっと体を震わせると、そんな捨て台詞を残し、メルは自分の席へ戻っていった。
そして急いで席に戻って行くメルを横目で見ながら、キリアは息を潜めて疲れたように俯く。
「はぁ……教えられるわけ、ないじゃない……!」
小さな掠れ声で呟き、チラリと設置されている掲示板を見た。
*依頼を受ける冒険者方々へのお知らせ*
我々は以下のランクに従って、ご依頼内容を提示しています。
もし何か、お聞きになりたいことがあれば、いつでも受付までお尋ね下さい。  
*下記がギルド調査員が調べた魔物のランクに適した、冒険者方々への依頼基準となります*
【十三星】《最上魔神級》
【十二星】《最上神獣級》
SSランク方のみが受けることが出来ます。
─────────
【十一星】《魔神級》
【十星】《神獣級》
Sランク以上の冒険者にオススメです。 
*複数人での討伐を推奨。 
─────────
【九星】《剣魔級》
【八星】《龍魔級》
【七星】《獣魔級》
AランクからBランク以上の冒険者にオススメです。
*複数人での討伐を推奨。 
─────────
【六星】《上位級》
【五星】《中位級》
【四星】 《初級》
CランクからDランクの冒険者にオススメです。 
*複数人での討伐を推奨。
─────────
【三星】《上級》 
【二星】《中級》
【一星】 《小級》
EランクからGランクの冒険者にオススメです。  
*十二星以上の場合はギルド側から規制をさせて頂きます* 
*十一星以下の場合は規制は御座いませんが、ギルド側からは一切責任を取り兼ねるのでご了承ください*
「ハァ……気が滅入るわ」
机の引き出しを開けて、中にある資料の中身をチラリと見る。周囲に気付かれないように。
「……」
目にするのは先程彼に渡した依頼書の原書だ。
表の表紙にはさっきと同じで二星が描かれているが、中身を見ると───七星となっていた。
「大丈夫なのは分かってるんだけどね。……ぁー」
小さく呻き声を漏らしながら掲示板に向け、また小さく嘆いた。
(何で十二星からしか規制が敷かれてないの?)
そのことに対して彼女は声にこそ出さないが、不満顔になって掲示板を睨んだ。サポートする立場から彼の正体も知っていたが、それでもやはり心の何処かであんなに優しく、自分より年下である彼のことを思うと、どうしても、こんな規制の裏をかいたようなやり方に納得することが出来なかった。
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