元勇者だけど可愛くない後輩に振り回されてます。

ルド@

呆気ない幕切れほど、厄介なものはない。

 を目撃したのは、今からちょうど1年前である。
 切っ掛けは虫どもが大量に発生したあの大規模戦。教師に勧められても参加する気は全くなかったが、入ったばかりの部活の部長さんからの頼みで仕方なく参加した。本当は拒否したかったが、人手不足で困っていると涙目で訴えられたらなぁ。
 
 最初部長からは「大丈夫! 割と安全な筈だから! 簡単なフォローだけだから幸村君でもきっとイケるから!」とか言っていたから少しは心に余裕もあった。実際にゲート付近の集合場所へ集まって見れば、先輩達からは大して戦力としてカウントされておらず、部長の言った通り本当に面倒な雑用関係の仕事しかなかった。
 確かに面倒とは思ったが、これなら目立たずに済むと安心した俺は率先して手伝っていた。調子に乗って事務作業にも手を付けて、生徒会の人たちに目を向けられたが、1番の問題はその後である。

 拠点で事務作業を行なっていた俺は激しい違和感を覚えた。
 島に入った時点から微かな違和感はあったが、長くいる間に徐々に膨らんでいき、気付いたら拠点から抜け出して俺もゲートの中に入っていた。

 そこからは危うい場面ばかりだった。俺ではなくクラスメイトの危機ばかりであったが、何度も遭遇した虫のモンスターたちのレベルや、感じ取れる魔力のようなものに嫌な予感を感じた。

 麻衣から控えるように言われたが、【マスター・ブック】を使うしかなかった。途中で拾った鷹宮や橘、他にも何人か助けては預けてをしながら、俺はこれらの原因の究明に移っていた。

「いや、驚いたよ。まさかそっちからやって来るなんて」

 そして、俺は奴に出会う。森の奥から感じる魔力を察知して進んで見れば、そいつは驚いたような嬉しそうな声で手を振っていた。周囲には無数のモンスターを徘徊しており、どれもが虫モンスターよりも明らかに強く感じた。

「おもてなしの用意は出来てないけど歓迎するよ。よく来てくれたね『勇者ブレイダー』――幸村大地君?」

「お前は……」

 顔全体を仮面で覆った男子の制服を着ているが、肝心の声の方が変声機のように低いものだった。制服から男と判断するのは早計かもしれない。ちなみにネクタイの色は同じ黒色の物で1年生であった。

「何を知ってる。お前は誰なんだ?」

「せっかく来たんだし、遊んで来なよ」

 仮面の者は言うと懐から一枚のカードを取り出す。光が少ない見え難い森の中でも視力が良い俺にはハッキリ見えていたが、信じ難いと思わずと二度見してしまった。

「ば、馬鹿な、そのカードは……」

「会わせてあげるよ。かつての強敵たち・・・・とね」

 それは俺が扱う【マスター・ブック】のジョブカードにそっくりな黒いカード。
 裏面であった為に絵柄までは見えなかったが、仮面の奴は読み取るように手を添えると、カードから暗黒の魔力が漏れ出した。






「今度は気付いてもなかったようだな。背中がガラ空きだったぞ」

「グッ! はぁ……幸村君か」

 背中から突き刺した短剣が胸元を貫いていた。以前と同じ顔全体を隠せる仮面と男子の制服を着ており、姿が見えなかった四獣と思われる蛇を見張らせていた。

 明らかに感知タイプのようだったから隠密系のスキル【気配遮断】と【魔力遮断】を利用して接近していたが、どうやら本当に気付いてなかったらしい。苦悶の声を漏らして仮面の奴は驚いており、蛇もまた動揺したように体ごとオロオロしていた。突撃して来るかと思われたが、仮面の奴を気にしているのか困った様子でこちらを見ているだけだ。

「油断したな仮面。お前が裏で糸と引いている可能性を俺が考えなかったと思うか?」

「う、グリグリ刺さないでほしいな。はぁ……まぁ全然見かけないからおかしいとは思ったよ?」

「この状態でも喋れる時点でお前の方がずっとおかしいけどな」

 手応えからして臓器は確実に潰した筈。しかし、仮面から苦悶の声こそ漏れているが、致命傷に至っている気配が全くない。……まさか、寸前で急所を外した? いや、外されたのか?

「ははは……だから保険・・は取って――」

「ふっ!」

 定番の不穏なセリフは聞かないに限る。旅していた異世界でもそうだったが、よく分からない相手がおかしなセリフを口にするなら速攻で倒すのが1番なのだ。

「がはっ!?」

 短剣に宿っているスキル【心刃】の効果で刃を光らせる。突き刺した状態から勢いよく振り下ろすと、仮面の胴体に大きな縦の斬撃を刻み込んだ。
 
「……」

 だが、大量に噴き出す血飛沫を見ても俺は警戒を解かない。
 仰向けに倒れたそいつから少し距離を取りつつ、仮にまだ動くのならとその出方を窺う。何故なら主人が斬られたにも関わらず蛇が突撃して来ない上、自分から仕掛けたことだが、あまりにも呆気なかったからだ。

 あと、倒れているそいつを見ていると、何かかつて記憶がチラつく。

 嫌な話であるが、こういう予感はよく当たる。
 そして、しばらく睨んでいるとその睨めっこに飽きたか、そいつはコキっと首を鳴らして起き上がった。

「――ああ、やっぱり引っ掛からないか。かつての経験か? このスキルの使い手と苦い思い出でもあったのか?」

「……既にカードを使っていたのか。俺が斬ったのは『人形』だったか」 

 既にそいつの体は人形になっていた。いや、突き刺した寸前で自動で入れ替わったのだろう。仮面の人形はコキコキと関節を鳴らしながら振り返ると、血塗れの腹部を触れながら楽しげに訊いてくる。

「懐かしいだろう? リッチーが使える【ドール】のスキルは」

「見てくれを欺き人形のように使役も出来る操作系のスキル。ガイコツが使っていたスキルか……」

「ククククッ……魔王幹部・・・・の1人だった『黒魔導師のリッチー』。当然持ってるよ?」

 いったい何が当然なのか。そう言って手のひらを光らせると黒いカードが出現する。その絵柄を見るとかつて種類様々な人形ばかりを操ったリッチーのガイコツ魔導師が写っていた。趣味の悪い奴で消し炭になる最後までカタカタ鳴らしていた。

「これで3枚目か……マジで全部持ってるのか?」

「さぁて? ですが、これで面白くなるでしょう?」

 再び光にして肉体にカードを戻すと、今度はボロボロの黒いローブと木の杖まで装備して、その姿までガイコツになっている。顔だけは仮面で隠れているので分からないが、顔の方もガイコツ顔になっているのだろう。

 一応蛇にも警戒はしておくが、図体デカ過ぎるので洞窟内で暴れるのは不向きと一旦放置した。

「では、こちらも始めようか」

「――【瞬速】!」

 楽しげに杖を振るうとその先端を俺に向けた。
 先端から小さな暗黒の魔法陣が見えた時点で、俺は即座に回避行動を取っていた。

「【ダーク・アイズ】」

 魔法陣から真っ黒な眼球が出現すると、俺が立っていた場所の空間にも突如闇の球体が出現する。すると空間ごと喰らい地面に大きな陥没が出来た。

「素早い回避だ。これも知っていたか」

「あのガイコツのスキルはよく知ってる! 後輩並みに心底鬱陶しかったからな!」

「死者の悪口は良くないよ?」

「元々アンデットだろうが!」

 他にも暗黒の雷鳴を操ったり、人形召喚、大技の人形合体とかふざけたのもあったが、それを大人しく受けてやるつもりなんてない。
 『戦士』の状態のまま【マスター・ブック】の中にある『槍使いランサー』を意識した。

「召喚して使役せよ――【ドール・ダンス】」

「【ジョブチェンジ】――『槍使いランサー』ッ!」

 服装が黒ジャケットから白色と水色が特徴の軽装備に替わる。現れた三叉の銀の槍を構えると、【瞬速レベルⅡ】の脚力ダッシュと槍スキルの【無音連鎖】で、新たに出現した人型の人形兵5体を一掃した。

「やはり他の奴らの時と同じでチカラも半分程度が限界らしいな!」

「ッ! 速いな! 『槍使いランサー』の速力を活かしてきたか!」

「速攻で決めてやるよ! というかいい加減正体を明かすか、さっさと学園から消えろ!」

「ハハハハ! 簡単には終われないな! 【ドール】! 【ダークアイズ】!」

 さらに召喚される人形兵も容赦なく槍で叩き落とす。
 先ほどの眼球のスキルや暗黒の雷魔法も繰り出して来るが、攻略済みだった俺は肉体レベルで覚えていた。たとえ全盛期のレベルに達していなくても、予測出来るのなら対処も可能だ。

「轟かせろ――【ダーク・ライトニング】ッ!」

「『龍殺しの英雄の槍フリード・ランス』――解放!」

 暗黒の雷――【ダーク・ライトニング】を躱しながら【瞬速レベルⅡ】で一気に奴の懐まで突撃する。さらに銀槍の能力を解放して、先端の三叉に龍殺しの魔力が集まっていく。
 槍を解放して構えた俺の狙いを察したか、自分の周りに大きな召喚の魔法陣を展開させて、守りを固めようとする。

「ッ――【ドール・ダンス】!」

「させるか!」

 そして、奴の周りに大量に出現する人形兵の群れは、突撃する俺を止めようと手を伸ばして来る。一体一体は脆い存在であるが、無数に囲まれたらいくら脚力を強化してもそのままでは厳しい。

『シャァァァァ!』

「……蛇が!」

 さらにそれまで黙って見ていた巨大な蛇まで動いていた。主人を守るようにその長い胴体をドールの内側から入れて、主人の周りをさらに覆った。これで俺の視界から奴の姿が消えた。

「ふふふふ! これで止め切る!」

「――いいや、俺の勝ちだ」

 しかし、寸前で【心眼】も使っていた俺には、囲っているドールたちの隙間が見ている。【心眼】と【魔力探知】を合わせることで、俺の視界にハッキリと蛇越しの奴の姿が見えていた。

 そして、網を掻い潜るようにドールたちの隙間から内側へ滑り込む。群れの奥で守っている蛇と隠れている奴の位置も合わせる。銀槍を持っていた片手を一気に伸ばして突きを繰り出した。

「終わりだ――【バスター・スラッシュ】!」

 分厚そうな装甲ではあるが、龍すら貫ける槍の一撃の前では、四獣の肉体などただの肉壁でしかなかった。 

『シャァァァァ!?』

「な、なんだと!? このドールの守りの中で『ワンダ』の壁を貫く一撃が出せるのか!?」

「さっき言った筈だ! 俺の勝ちだと!」

 未だに何者か知らないが、激戦で培った経験が違い過ぎる。
 蛇を貫きながらも【心眼】によって奴の位置はしっかり捉えていた。光の銀槍が分厚い蛇の壁を貫くと、蛇のせいで身動きが取れない間抜けな奴の胸元まで一気に伸びて……。

「――ッ!?」

 槍の先端が突き刺さった瞬間、奴の中に流れている暗黒の魔力と反発を起こして……。
 均衡を崩した銀槍の光が人形体の奴を飲み込んだ。







「流石だな。初期状態の1つであそこまでやれるか」

 その戦闘の様子を見ていた彼は、感心したように呟いていた。
 本来は見えない洞窟の外からであるが、彼は中の状況がハッキリと分かるのか、決着が付いたところでまだ生き残っている1匹の気配に目を向けた。

「邪魔だな。介入ついでにサービスで消しておくか」

 懐から透明な本の【マスター・ブック】を取り出すと、本を開いて中から1枚のカードを出す。

「実に興味深い効果だが、反動も怖そうだなぁー」

 何故か裏面は大地のカードのような異世界の魔法陣とは違う。彼も見たことない別の魔法陣のようなものが描かれており、表面には……。

「さて、久々に行こうか――『女神朱雀』」

 火の鳥をイメージさせる民族のような格好をした赤髪の女性が写っている。
 そのカードを祈るような目で見つめて彼は本に挟み込む。すると本自体から炎が噴き出して真っ赤に染まると、彼の中に取り込まれた。

「精霊化――【化身朱雀】」

 瞬間、時一久の肉体が紅蓮の炎のよって覆われた。
 火の塊となった時一は、そのまま大地が入っている洞窟へと飛んで行った。

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