【完結】幼馴染の専業ニセ嫁始めましたが、どうやらニセ夫の溺愛は本物のようです

さぶれ(旧さぶれちゃん)

9.なりふり構わない意地悪令嬢に、ニセ嫁タジタジざまぁーす。・その11

 無事に帰還が出来たので、フォーマルなドレスから動きやすい服に着替えると、頭部を見せる為に寝室に連れて行かれた。
 気分が悪くなってはいけないから、少し休むように言われた。確かに疲れたので、お言葉に甘えさせてもらう事にした。

「伊織、こんな事に巻き込んですまなかった。まさか花蓮が・・・・お前にそんな事をするとは思わなかったのだ。私の配慮不足で、怖い思いをさせてしまったな。申し訳ない」

「平気よ、このくらい。何てことないわ」

「しかし・・・・頭、痛まないか?」

 壊れ物に触るように優しく、一矢の指が頭部を撫でてくれた。「痛い所があったら言ってくれ」

「大丈夫よ。頑丈だもの」

 その言葉に、一矢が少しだけ笑った。「お前は強いな」

「強くなんかないわ。一矢の方がずっと強い。ああいうドロドロした世界をずっと幼い頃から一人で渡り歩いてきたのでしょう? 凄いわ。私には絶対に無理」

「素直なお前には、厳しい世界だと思う。巻き込んですまない」

「ううん、平気。でもね、花蓮様の気持ち、解らなくもないのよ。ずっと一矢を幼い頃から慕っていたのでしょう? きっと小さな頃は単純に一矢への憧れだったと思うけれど、それがどんどん大きくなるにつれて恋だと認識したのだと思う。寝耳に水の上に、私の家柄は言われた通り一矢には相応しくないもの。だから悔しくて、どうしていいのか解らなかったのだと思う。確かに家柄は釣り合わないけれど、貴方を大切に想う気持ちは誰にも負けないわ。だから気にしないで。そんな風に悲しい顔をしないで」

 いつかの公園で見た、あの頃の幼い一矢と今の一矢は同じ顔をしている。傷ついた辛そうな顔。

「ありがとう」

 悲しそうにしていた一矢の顔が、柔和な微笑みに変わった。良かったわ!

「そうは言っても、お前が酷い目に遭うのは私としても嬉しくはない。困ったらすぐに言うのだぞ」

「ええ。そうするわ」

 私が微笑むと、切ない顔をした一矢に抱き寄せられた。「伊織・・・・」


 ひゃっ。
 ちょっ。
 ど、どうっ、したらいいのっ。

 こんなの予想外、予想外!
 抱きしめられるなんて聞いていなかった!


「これからもっと辛い思いをさせてしまうと思う。この世界は醜く汚い。本当は素直なお前を巻き込むべきじゃなかった。けれど、幼い頃から私が信用している女性は、伊織だけなのだ。私はお前と中松以外、信用していない」

「あ、う、うん」

 信用されているのね。良かった。それを裏切るようなことは、絶対にしないでおこう。

「どんなことがあっても、私がお前を必ず守ってやる。然るべき手段で対応する。全力でお前を守ると約束する」

「ありがとう。心強い・・・・です」


 顔を上げると、リムレスフレームの眼鏡の奥の一矢の鋭い瞳と視線がぶつかった。
 美しい顔。思わず息を呑んだ。こんなに間近で見るなんて・・・・心臓が飛び出そうな程に痛く激しく高鳴った。もう、目が反らせられない。

 一矢の瞳が、長いまつ毛と共に切なげに揺れる。
 いおり、と彼の唇が動いた。どうしよう。こんなに近い。



 今度こそ、一矢と本当にキス――



 目を閉じようと思った時だった、コンコン、と寝室の扉がノックされ、中松の声が外から聞こえてきた。『一矢様、伊織様の看病中に恐れ入りますが、三条様よりお電話が入っております。お取次ぎを願われていらっしゃいますので、ご対応頂けますでしょうか』

 一矢が慌てて離れて行った。「すぐ行く。伊織、少し休んでおくのだぞ。髪が痛んだり頭痛がするようなら、すぐに呼んでくれ」


 中松の呼び出しを受け、旦那様(ニセ)は慌ただしく寝室を出て行ってしまった。
 タイミング悪っ!


 一矢と・・・・キス、したかった。


 って、キャー!
 私ったら、なんてことを考えているのっ。

 一矢はニセの旦那様。決して実らない恋の相手。期間限定で、終わったら離縁が待っているの。


 忘れなきゃと焦って思えば思うほど、毎日が一矢に染められていく。


 引き受けなきゃ良かった。ニセ嫁なんて。
 ニセじゃ終われないって、一矢が大好きだって、彼の日常を知っても尚、諦めきれなくなっている自分が居る。




 ジーザス! 私の拗れた初恋は、ちゃんと終わらせることができるのでしょうか!?




 

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