【完結】幼馴染の専業ニセ嫁始めましたが、どうやらニセ夫の溺愛は本物のようです

さぶれ(旧さぶれちゃん)

5.旦那様(ニセ)は、嫁(ニセ)の水着を選ぶのにVIPルームを利用致します。・その3

 こんな苦しい服を着て着飾って美しくなっても、なんの意味もない。
 汗臭くても油臭くても、一生懸命働いてグリーンバンブーに食べに来てくれるお客様の為に毎日仕込み頑張って、美味しい料理を作れるように日々努力する方が私は好き。私が私らしくいられる場所は、やっぱりあの家しかない。こんな屋敷なんかにいても、窮屈すぎて幸せになれない。
 これは一矢の事が好きでもどうにもならない壁で、恐らく想像もできない程高い壁なのだ。
恐らくこの壁は生涯埋めることはできないだろう。次元が違い過ぎる。

 これも、大切なお店を守るためだ。頑張れ、伊織、負けるな、余計な感情は捨てて、人形令嬢のニセ嫁になるのよ――唇を噛み締めて静かに涙を流していると、ノックが掛かった。慌てて涙を拭い、擦れた声でどうぞ、と応えた。
部屋に入って来たのは、一矢だった。

「あの・・・・さっきは悪かった。つい、カッとなってしまった。お前を泣かせるつもりじゃなかったから・・・・その・・・・謝りに来た」

 ベッドに座っていた私の傍までやって来た一矢が、頭を下げて謝ってくれた。

「泣いていません。慣れない衣装で苦しいだけです。それから、朝食は要りませんとお伝えした筈です」

 目も合わせずに言った。そうよ、私は一矢に買われただけ。自由や人権があると勘違いしていた自分が恥ずかしい。彼のような金持ちに、一般庶民の気持ちはわかるまい。

「伊織は」一矢が私のすぐ横に腰かけ、手を取って話し始めた。「私が今朝、どれだけ絶望を味わったたか、解っているのか」

「はい?」

 何だ、絶望って。

「私はいつも、この広い屋敷で一人眠りに就いている。昔、伊織の家で雑魚寝をした時以外、誰かの温もりを感じて眠った事は無い。その私が、初めて夫婦としての朝を迎える際、どれだけ嬉しく、どれだけお前の温もりを欲していたか、お前に解るか? 目覚めると一人だった時の絶望感・・・・想像できるか? 大勢の仲良し家族に囲まれて暮らしているお前には、絶対に解らないだろう。孤独というのは、辛いものなのだ。もう少し私の気持ちも理解して欲しい」

「そうならそうと、おっしゃって頂けないと解りません。これからは一矢様に言われた通りに致します」

 無機質に感情を出さずに言った。

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