どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第十二章 それを人は運命という 10

「ちょっと、光琉ちゃん。あれどういうこと? なんか最近よく見かけるのよねー、あのふたり」

 噂好きの陽子さんが、喫茶コーナーを覗き見るようにして光琉の腕を引いた。
 視線の先には、背の高い鏡原社長を見上げて、はにかんだ笑みを浮かべている藤村紫織がいる。

「どうって、見た通りじゃないですかぁ?」
「え?! 光琉ちゃんはいいの? それでいいの?」

「もぉ、私が好きなのは別の人ですよぉ」
 光琉は意味ありげに吹き抜け部分の上の階を見上げた。ちょうどそこから荻野副社長が見下ろしている。

「あ、副社長だ。やっほー」
 光琉が手を振ると、荻野副社長もヒラヒラと手を振る。
「えええ!! そうなの? どういうこと? そうだったの?」

 クスクス笑いながら光琉は首を傾げた。
「さあどうかなぁ? ヒ・ミ・ツでぇーす」

 そう言って肩をすくめる光琉を疑わしい目で見つめる陽子に光琉はニヤリと口角をあげる。

「陽子さん。気を付けたほうがいいですよぉ。なんだか社長がすっごく怒ってましたからぁ。社内に変な噂があるって。社長がマンション毎に女を囲っているとか、秘書と出来てるって言いふらしている人がいるってぇ」

「え?」

「仕事のこともプライベートなことも、確証もなしに噂を垂れ流す社員がいるなら、今後は社内規定に則り、会社に不利益を被るとして厳正に対処することにする、だそーでーす」

「そ、それって」
 光琉はふふふと笑いながら目を細めて、右手を首の前に出し、スッと切る仕草を見せた。
「えええ」

「陽子さん、私嘘言ったことないでしょう? 社長、マジで激怒です」
 今度は両手の人差し指で頭に角を作り脅してみせた。
 少し青くなった陽子さんは、作り笑顔を引きつらせながらシュンとして肩を落とし、トボトボと歩いて行く。

 何か飲み物を取りにきたのだろうに、コーヒーも何も持たずに行ってしまうところをみると、結構ショックだったのかもしれない。

 光琉はクスッと笑った。

『ったく、お前のことといい、一体誰がそんなくだらない噂を垂れ流しているんだ』
 という感じで、社長が結構怒っているというのは本当のことだ。
 愛する彼女に誤解をされたことが我慢ならないのだろう。

 私と付き合っているという噂があるみたいですよ?と相談した時は『お前さえ迷惑じゃなければ、ほっとけ』と興味なさそうに言っていたくせに、随分な違いじゃないですか? と、光琉は咥内でちょっと文句を言ってみた。

 それでも御曹司キラーに引っかかったという反省もあるので、実際のところはそこまで怒っているわけじゃない。
 でも、これで噂好きの陽子さんも少しは反省するだろう。反省できなければ本当に首を切られると思うので、是非反省してほしい。
 そう思いながら、光琉はミルクティのボタンを押した。そしてもうひとつ大切な恋人のためのブラックコーヒーも忘れない。

 ――紫織さん、幸せそうだったなぁ。

 光琉は知っている。社長が彼女と一緒に暮らし始めたことも、来年早々結婚することも。

 自分と荻野はまだ始まったばかりだから結婚はまだピンこないけれども、彼には両親に会ってほしいと言われた。
『元キャバ嬢ってわかったら反対されちゃう?』
『するわけないさ、だってうちの実家『スナック』だし』
『スナック?』
『そう、『スナック さっちゃん』 あ、ちなみに父親がサツキでさっちゃんね。母親はミチコ。料理担当が親父、おふくろが飲み担当。ふたりでやってるんだよ』

 ――なんだか楽しそう。
 結婚なんて言われたらどうしよう?
 クスクスと笑いながら、光琉は足取りも軽くエレベーターに乗った。

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