どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第十二章 それを人は運命という 9

 来週の週末、結納をかわすことになった。

 紫織の父も無事退院し、経過も順調なので早いほうがいいということになったのである。

 いま、紫織と宗一郎は一緒に住んでいる。
 部屋は紫織の部屋。もともとひとりでは広すぎるマンションには使いきれない部屋もあった。

『俺が住むには随分女の子らしいが、まあいいか』
『そうよ。宗一郎が用意した部屋だもの、自業自得よ?』

 何しろ彼の生活は慎ましいものだったので、引っ越し業者を頼むまでもなく、車を二度ほど往復するだけで全ての荷物を運び込めた。
 わかっていたとはいえ、これには驚いたが、彼のそんな寂しい暮らしは私が忘れさせてあげると紫織はやる気満々である。

 ――なにはともあれはよかった。
 運命のいたずらで皆がそれぞれに苦しんでしまったけれど、それでも多分、なにもなかった七年よりは、これからの人生が充実して見えるのではないだろうか。
 いまはまだわからないけれど、いつかきっと穏やかな気持ちで宗一郎とそんな話をしたいと思う。

 仕事がひと段落して向かった先は、二階にある休憩コーナー。
 朝は混雑するこの場所も、ほんの少し時間をずらせば人影はまばらになる。

 最初はブラックコーヒーにしようと思って、でもなんとなくカフェオレのボタンを押した。無理も我慢もし通しだったから、いまは少しだけ気の向くままに心の向くままでいたい。

 いいよね?と誰とはなしに言ってみて、カップに注がれるミルク色のコーヒーを見つめていると、カツカツと、足音が聞こえてきた。

「おはよう藤村さん」
 振り返ると彼、もとい鏡原社長がいて、イタズラっぽい笑みを浮かべて紫織を見下ろす。

 職場では当分の間、ふたりが付き合っていることは秘密にしようということになっている。本当は付き合っているどころか一緒に住んでいるのだけれどと思うと背徳感にドキドキと胸が高鳴った。

「手を出して」
 クスッと笑って紫織が手を出すと、鏡原社長は「はい。プレゼント」と言って、小さな紙袋を置いた。

 見れば中にはキャンディが見える包みと、赤いリボンがついた小さい箱、
 そしてカードが入っている。

 ――いつの間にこんなものを買ったのかしら。
 そう思いながら、カードを手に取ると

『六時半に裏道で待っていてくれる?  宗一郎』
 そう書いてあった。
 クスッと笑いながら上目づかいに彼を見て、紫織は小さく頷いた。

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