どうにもならない社長の秘密
第十二章 それを人は運命という 7
病室に入ると父は既に昼食を取った後で、雑誌を広げていた。
「遅くなっちゃったわ」
母がそう声をかけた。
顔をあげた父は、老眼鏡を外して振り返った。
心配そうに紫織は宗一郎を見上げたが、彼は心を決めたようにまっすぐ父を見つめていた。
「こちら、鏡原宗一郎さん」
少し驚いたように目を見開いたあと、父はフッと笑顔になった。
「よく来てくれたね。どうぞ」
「すみません」
「お父さん、具合はどう?」
紫織はまずはそう聞いた。驚かせて心臓に負担をかけてはいけない。
まず今、とにかく心配なのはそのことである。
「心配しなくていいよ。そうかもしれないなぁと思っていたから」
「え? お父さん、それじゃ?」
「彼は。宗一郎くんの本当のお父さんは、私の唯一無二の親友だったんだ。私たちは大学の同級生でね」
そこまで言うと、まあとにかく座りなさいと、紫織の父は「君にも話さないといけないね」夫人に声をかけて、
それから紫織の父の告白が始まった。
「一緒に飲んでいた時にね、石塚が言ったんだ。『僕になにかあった時は、彼女を頼む。彼女には誰も頼れる人がいないんだ』ってね。彼は、それから間もなくくも膜下出血で突然亡くなったんだが、あれは虫の知らせだったのかもしれない」
懐かしむように父は続けた。
「もともとは私が客として通っていたクラブに君のお母さんがいて、先に知り合ったのは私だったから、まぁ私は彼らのキューピットのようなものなんだろう。石塚が他界して、私も当時は余りあるほどの財力もあったし、それにね、君のお母さんは身寄りもなく、体があまり丈夫ではない。普通の仕事にはつけず、クラブで働いていたのはそういう理由があることを私は彼から聞いて知っていたしね。子供ができましたと言われた時は、何も考えずに喜んだよ。
心の中では石塚の子だろう?と思いながら、それでも親友が子供を残したことがうれしかった。 だって、彼はまだ二十八歳だったんだ、大学院を卒業してそのまま研究室に残って君の父は。優秀で本当にいい男だった。どんなにか無念だったろう。それでも子供を残すことができた。わたしは嬉しかったし、なんとかしてあげたかった。墓場まで持っていって、あいつに自慢しようと思ったんだ」
紫織の父は涙を拭いながら、そう言って笑った。
父だけではない。その場にいた誰もが涙を拭う。紫織の母もまたはらはらと涙をこぼしていた。
「七年前。君たちが結婚したいと言い出した時はさすがにショックだった。雪野に聞いたよ。君は雪野から紫織と兄妹だって告げられたんだってね?」
「はい。でも、母を問い詰めたら、父親は石塚という人だと言われて。それじゃあ養育費は? って」
「それで、その時、紫織と結婚したいってことは君のお母さんに言ったのかい?」
「いいえ」
「そうか。まぁあの頃はうちも一番大変な時だったから、あの時に告白されたとしても正直いまのように祝福することはできなかっただろう」
これで、全ての謎が解けた。
七年前のあの日を最後に、彼が現れなかった理由も。
再会した面接のあと、あんなに酷いメッセージを彼が送ってきた理由も。全て。
紫織はようやくこの七年の宗一郎の心が見えた気がして、彼の手を握った。
「君は成功したそうだね。おめでとう」
「ありがとうございます」
宗一郎は深く頭をさげていた。
「お父さん、私、彼と結婚したいの」
「うんうん」
「紫織さんと結婚させて頂けませんか。一生をかけて彼女を幸せにします」
「わかったよ。おめでとう。宗一郎くん、紫織をよろしく頼む。紫織もいまは何もできないお嬢さまじゃない。君の助けになれるんじゃないかな。考えてみれば、この七年は必要な七年だったってことなんだろう」
しみじみと遠い目をして、そうか、と何度も頷いた父は、「ふたりで幸せに」と右手を差し出した。
宗一郎に求めた握手だ。
それから、お母さんとふたりきりにしてほしいと言われ、紫織と宗一郎は病室をでた。
「遅くなっちゃったわ」
母がそう声をかけた。
顔をあげた父は、老眼鏡を外して振り返った。
心配そうに紫織は宗一郎を見上げたが、彼は心を決めたようにまっすぐ父を見つめていた。
「こちら、鏡原宗一郎さん」
少し驚いたように目を見開いたあと、父はフッと笑顔になった。
「よく来てくれたね。どうぞ」
「すみません」
「お父さん、具合はどう?」
紫織はまずはそう聞いた。驚かせて心臓に負担をかけてはいけない。
まず今、とにかく心配なのはそのことである。
「心配しなくていいよ。そうかもしれないなぁと思っていたから」
「え? お父さん、それじゃ?」
「彼は。宗一郎くんの本当のお父さんは、私の唯一無二の親友だったんだ。私たちは大学の同級生でね」
そこまで言うと、まあとにかく座りなさいと、紫織の父は「君にも話さないといけないね」夫人に声をかけて、
それから紫織の父の告白が始まった。
「一緒に飲んでいた時にね、石塚が言ったんだ。『僕になにかあった時は、彼女を頼む。彼女には誰も頼れる人がいないんだ』ってね。彼は、それから間もなくくも膜下出血で突然亡くなったんだが、あれは虫の知らせだったのかもしれない」
懐かしむように父は続けた。
「もともとは私が客として通っていたクラブに君のお母さんがいて、先に知り合ったのは私だったから、まぁ私は彼らのキューピットのようなものなんだろう。石塚が他界して、私も当時は余りあるほどの財力もあったし、それにね、君のお母さんは身寄りもなく、体があまり丈夫ではない。普通の仕事にはつけず、クラブで働いていたのはそういう理由があることを私は彼から聞いて知っていたしね。子供ができましたと言われた時は、何も考えずに喜んだよ。
心の中では石塚の子だろう?と思いながら、それでも親友が子供を残したことがうれしかった。 だって、彼はまだ二十八歳だったんだ、大学院を卒業してそのまま研究室に残って君の父は。優秀で本当にいい男だった。どんなにか無念だったろう。それでも子供を残すことができた。わたしは嬉しかったし、なんとかしてあげたかった。墓場まで持っていって、あいつに自慢しようと思ったんだ」
紫織の父は涙を拭いながら、そう言って笑った。
父だけではない。その場にいた誰もが涙を拭う。紫織の母もまたはらはらと涙をこぼしていた。
「七年前。君たちが結婚したいと言い出した時はさすがにショックだった。雪野に聞いたよ。君は雪野から紫織と兄妹だって告げられたんだってね?」
「はい。でも、母を問い詰めたら、父親は石塚という人だと言われて。それじゃあ養育費は? って」
「それで、その時、紫織と結婚したいってことは君のお母さんに言ったのかい?」
「いいえ」
「そうか。まぁあの頃はうちも一番大変な時だったから、あの時に告白されたとしても正直いまのように祝福することはできなかっただろう」
これで、全ての謎が解けた。
七年前のあの日を最後に、彼が現れなかった理由も。
再会した面接のあと、あんなに酷いメッセージを彼が送ってきた理由も。全て。
紫織はようやくこの七年の宗一郎の心が見えた気がして、彼の手を握った。
「君は成功したそうだね。おめでとう」
「ありがとうございます」
宗一郎は深く頭をさげていた。
「お父さん、私、彼と結婚したいの」
「うんうん」
「紫織さんと結婚させて頂けませんか。一生をかけて彼女を幸せにします」
「わかったよ。おめでとう。宗一郎くん、紫織をよろしく頼む。紫織もいまは何もできないお嬢さまじゃない。君の助けになれるんじゃないかな。考えてみれば、この七年は必要な七年だったってことなんだろう」
しみじみと遠い目をして、そうか、と何度も頷いた父は、「ふたりで幸せに」と右手を差し出した。
宗一郎に求めた握手だ。
それから、お母さんとふたりきりにしてほしいと言われ、紫織と宗一郎は病室をでた。
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