どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第十章 ずっと好きだった 10

***

 夕暮れのホテル。
 彼を待つつもりでロビーに入ると、彼は既にいた。

「どうして? 随分早いのね」

「待ちきれなくて早く来た」

 腰に腕を回した彼は、そのまま髪にキスをする。
 ――もぅ。
 恥ずかしいやら、ドキドキするやらで俯くと、ふと自分の服装が気になった。

「私。普通のブラウスにスカートだけど大丈夫?」
「大丈夫だよ。全然。綺麗だよ、それで充分だ」

 ――もぅ。もっと真面目に答えて?

 わかっていれば、もう少しおしゃれしてきたのになぁと思うが仕方がない。普通といえば普通の格好なので、白い目で見られることはないだろう。

 そんなことを思いながら、エレベーターでホテルの最上階へと昇りレストランの前に立った。

「お待ちしておりました」と出迎えられ、宗一郎にエスコートされて、案内された席に着いてと。

「うわー、綺麗」
 そこは宝石のように輝く夜景が見下ろせる席だった。
「気に入った?」
「うん」

 うれしそうに頷くと、彼もまた満足そうに頷いた。
 『今日はメニューも何もかも全部ヒミツだ』そう言われていたので、席についても紫織はメニューを開かなかったが、こんなに素敵なレストランで大丈夫なのかしら? メインディッシュとかワインとか。
 そんなことを思うが、向かいの席の宗一郎はウェイター相手に、淀みなくワインの注文をしている。

 その様子はどうみても彼がこういう場所に慣れていることを表していた。
 社員が何百人もいる会社の社長なのだからそれも当然なのだろうとは思うが、やっぱり昔とは違うんだなぁと思ってしまう。

 面接で再会した時、一瞬戸惑った。
 宗一郎だとわかっても、どこが違ったのかはすぐにはわからなかった。
 髪型とか眼鏡とか、少し痩せたとか、見たままの違いに目がいって気づかなかったけれど、彼は昔にはなかった影をまとっていた。

 ――まるで自分をいじめるみたいに。
 光琉が言った言葉がふいに思い出された。

 七年前の別れと、彼が自分を責めることとは繋がらない。彼が原因の別れではないのだから。

 となると、この七年の間に彼にいったい何があったのだろう?
 自分を責めるようななにが?

 ――夕べだって。
 以前の彼はキスすらもどこか照れ臭そうで、夕べのように強引に求めてくるようなことはなかった。
 それが嫌だということはないけれど……。

 ――えっ?
 私ったらなにを考えているの。

 恥ずかしさに首筋に熱が込み上げて、紫織は慌てて俯いた。

「紫織?」
「あ、いえ。あ、宗一郎、すごく大人に見えるなぁ、って思って」

「そうか? まぁ、少しはな。もう三十だし」
「なんか悔しい」

「ん? 何が?」
「宗一郎ばっかり大人になって、素敵になってる」

「また『私は可愛くないアラサー女子になったのに』、か?」
 そう言ってクスッと笑う口元にも余裕が見えて、なんだかやっぱり悔しい。余裕がなくて翻弄されるのは自分ばっかりだ。

「なぁ紫織」
「ん?」

「歓迎会のカラオケ、紫織熱唱していただろう、演歌」
「え?! 見たの? あの時宗一郎いなかったじゃない!」

 クックックと宗一郎は笑う。

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