どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第十章 ずっと好きだった 8

「――そうだったのね」

「紫織は? どうなんだ? 室井さんとは」

「課長? なに言ってるの? 課長とは何もないわよ、尊敬する師匠だもの。やだもぉ、なにもあるわけないじゃない」

「付き合っている人は?」
「いないわよ」

「見合いをしに京都に行くじゃないのか?」
「え?」
「光琉が教えてくれた」

 ――あ。もしかしてそれで喫茶コーナーに来たの?

「しないわ。お母さんには断った」

「――そうか」
 ホッとしたように肩を落とす宗一郎に安心して、紫織は体を起こした。

 やれやれとため息をつく。

「――紫織」
「ん?」

「あのな―― 紫織」

「うん?」

「あれからずっと俺は、紫織の幸せを願っていたんだ。何もしてやれないことが情けなくて、紫織が幸せならそれでいいって思った。それが本当の愛だって自分に言い聞かせていたんだ。でも、紫織が目の前に現れて――。あきらめようと思ってあんな風に酷いことを言った。――ごめん」

 肩を落としてうつむいた彼が、なんだか可哀そうになった。

 酷いことを言われて、可哀そうなのは私のほうでしょう? 七年前もあんなにこの言葉を待っていたのに。
 そう思うのに、やっぱり慰めたくなってしまう。

 だって、最初に彼を突き放したのは、自分なのだから。

「そんなにあやまらないで。もういいから」
「本当に?」

「うん。本当よ。もう大丈夫。おあいこだから」

 宗一郎は、まるで花が咲いたように笑った。
「紫織」

 ――もういいよね? 私。
 そう自分に問いかけた。

 こんなにうれしそうに笑う彼を、どうして突き放すことができるだろう。

 重ねようとする唇を、どうして逸らすことができるだろう。

 ずっと好きだった――。

 忘れたことなんてない。
 一生誰も愛せないとあきらめていた。

 泣いて暮らした涙の数だけ、宗一郎に会いたいと心が叫んでいた。

「紫織、愛してる。お前だけだ。お前じゃなきゃ俺は愛せない」

「私もよ。ずっと宗一郎だけを愛してた」

 何度目かのキスのあと、紫織は全てがどうでもいいと思った。

 心にわだかまっていたものがなんだったかも思い出せない。

 何も考えさせてくれないほど熱くて、息もできないほど、激しいキスが、全てを忘れさせてくれた。早くとせがむよりも先に体を突き上げられ、強引なまでに激しい愛情の渦に、切なさも呑み込まれる。
 ほんの数ミリさえも離れたくなくて、息も絶え絶えに伸ばした指先は、彼の唇に受け止められた。

 苦しいほど抱きしめてほしくて、宗一郎、宗一郎と譫言のように呼び続けた声は淡く漂い、流れた涙はいつしか、幸せの涙に変わっていった。 

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品