どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第十章 ずっと好きだった 6

 食事が終わり、コーヒーをいれてリビングに移動した。

 この部屋には食洗器もついているので、セットするだけで洗い物は機械にお任せできた。機械音痴な紫織にも洗剤を入れてスタートボタンを押すだけなので、無事使うことができる。

「まだ持っていたのか、テンポドロップ」

 かつては彼のものだった雫の形のガラスを、彼は懐かしそうに手に取った。

「うん。お気に入りだもん。宗一郎も社長室のデスクに置いてたね」
「ああ」

「あ、ケーキ食べようか。もうこんな時間だから食べないと太っちゃう」

 時計は八時半を示している。
 宗一郎の答えを聞かずに、紫織はケーキの箱を開けた。

 ――あ。苺のショートケーキ。
 ケーキはどれも好きだけれど、初めて入るお店でどれかひとつと言われたら、紫織は結局いつも苺のショートケーキを選んでしまう。もうひとつはラズベリーやブルーベリー、ブラックベリーというベリーだらけの甘酸っぱいケーキ。

 宗一郎はそれを覚えていてくれたのだろうか。

 でもそれは虫のいい想像かもしれない。いくつか買うなら一つはショートケーキを選ぶのが普通だから。

 ――それにしても、私が好きで、宗一郎が苦手なケーキばかりだ。
 ショートケーキの他は、ベリー系のタルトや、ムースなど、甘酸っぱいケーキばかりだった。

 さっきの発言はどういう意味なの?
 本気じゃないわよね?

 高鳴る鼓動に後押しされるように、ちらりと視線をあげると、宗一郎はジッと紫織を見ていた。

 ドキッとして手元が狂った。

 ――あわわわわ。ケーキが倒れちゃう。

 立ち上がった宗一郎が、紫織の隣に来て、スッと手を出した。

「手伝うよ」
「あ。ありがとう」

 背の高い彼から、微かなコロンの香りがした。
 大人の男性の香り……。

 今更のように思う。
 宗一郎は一足先に三十歳になった。彼はもう充分に立派な大人の男性なのだ。百人の社員を抱える会社の社長さんなのだから。
 コロンが似合って当然か。

 リビングの低いテーブルで向かい合わせに座ってケーキを食べてコーヒーを飲む。
 こんな時間にコーヒーを飲んだら寝つきが悪くなっちゃうなと思っていると、ひと口だけケーキを食べた宗一郎は、残りを紫織に差し出した。

「あげる」

 昔、付き合っていた頃もそうだった。
 ひと口だけは食べるけれど、それ以上は紫織に渡して、紫織が食べ終わるまでそれを見ている。

「相変わらずなのね、ケーキは食べないの?」
「別に食べないわけじゃないよ。紫織が好きだから。好きな人に食べてもらったほうがケーキだってうれしいだろう?」

「またぁそんなこと言って」

 ――好きじゃないくせに。素直じゃないんだから。
「ほら、あーんして」ついふざけて、フォークを差し出した。

 甘い物は好きじゃない彼。
 嫌いだってちゃんと言いなさい。ほらほらほら。

 そう思いながら、彼が特に嫌いなミックスベリーのケーキを口元に持っていくと、ニヤリと笑った彼は舌を差し出した。

 クスクス笑いながらその舌の上にベリーを乗せた。

 それだけの、ちょっとふざけたつもりだったのに、次の瞬間には手首を掴まれて倒されていた。

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