どうにもならない社長の秘密
第十章 ずっと好きだった 4
しばらくぼんやりとしたあと、紫織は意を決して母にメッセージを送った。
『お母さん、ごめんなさい。急用ができて明日は帰れないの』
明後日にはと言いたいが、この時期に簡単に新幹線の予約は取れないだろう。できれば来週か再来週。そう思っていると、母からは意外な返事が返ってきた。
『大丈夫よ。それがね、今年は初盆とかあちこち忙しくて。明日は夕方まで帰れなさそうなの。本当は来週のほうがゆっくりできていいんだけど、でも紫織は今週じゃないと休めないんでしょう?』
『え!そうなの? じゃあ来週にするね。私もそのほうが都合いいわ』
『良かった。じゃあ来週、待っているわ』
これで正当な理由ができた。
ほっとした紫織は、早速室井に休みの変更を申し出た。
――さて、次の問題は……。
宗一郎が部屋に来る。
どうしよう。夕ご飯はどうするんだろう?
実家に帰らなくなったのだから、宗一郎が食べなくても作り置きに回しておいてもいいし、用意だけはしておこうかな。
となると冷めても美味しいものがいい。もしくは簡単に温められるもの。と考えて、冷蔵庫にあるものを思い浮かべて鶏の南蛮漬けを思いついた。
いまでも好みが変わっていなければ、彼は唐揚げが好きなはず。かといって揚げたてを出せるわけじゃない。でもタルタルソースをたっぷりつけた南蛮漬けなら冷めても美味しい。
――よし。
帰宅途中足りないものだけ買って、紫織は家路を急いだ。
宗一郎が何時に来るかはわからない。早めに用意を済ませなければと、とりあえずそれだけを考える。
ポテトサラダに、鶏の南蛮漬け、素揚げした茄子とピーマンを甘辛味噌で和えたもの。そしてワカメと豆腐のお味噌汁。
「できたぁ」
全ての準備が終わり、フゥっと一息ついて見た時計の針は、七時を示していた。
『社長は働き者だなぁ。八時前に帰ったことなんかないんじゃないのか?』
室井がそう言っていたことがある。
今日もそうだとすれば、来るのは八時過ぎになるだろう。
――宗一郎。
『ごめん。俺にはやっぱりお前しかいない』
でも、いまさらじゃない?
もし、この偶然がなかったら、私のことなんて忘れたんじゃないの?
その思いがないわけじゃない。
でもどうするの? 紫織。ちゃんと言える?
私たちは終わったんだって言える?
今でも好きなくせに、言えるの?
自問自答を繰り返すうちに、胸の奥が鉛のように重たくなってくる。
あの時、宗一郎を突き放した七年前。
宗一郎は一度も食い下がることもなく、あれきり紫織の前から姿を消した。
――酷いことを言ったのは私だけど……。
片時も忘れることはできなくて、宗一郎から電話があるんじゃないかと思いながら電話を見つめていた。
道を歩けば、どこからか宗一郎が現れるんじゃないかと、意味もなくあたりを見渡して。
いつも。いつだって宗一郎を捜していた。
彼が着ていた服。
彼と似ている髪型。
何を見ても宗一郎を想っていた。
『藤乃屋』がいよいよ店を畳むことになった時、何もかも失って絶望の縁に立たされたあの時でさえ、宗一郎が来てくれるんじゃないかと、ずっと待っていた。
お見合い結婚もなくなって、誰にも反対されなくなったのよと。
何度電話をしようと思ったか。
辛くて悲しくて、せめて声だけでもと思ってかけた公衆電話から、現在使われておりませんと聞こえたメッセージ。
泣き崩れた夜。
――あの日の悲しさを私、忘れらない……。
そう思って顔を覆った時だった。
ピンポーンとインターホンが鳴った。
『お母さん、ごめんなさい。急用ができて明日は帰れないの』
明後日にはと言いたいが、この時期に簡単に新幹線の予約は取れないだろう。できれば来週か再来週。そう思っていると、母からは意外な返事が返ってきた。
『大丈夫よ。それがね、今年は初盆とかあちこち忙しくて。明日は夕方まで帰れなさそうなの。本当は来週のほうがゆっくりできていいんだけど、でも紫織は今週じゃないと休めないんでしょう?』
『え!そうなの? じゃあ来週にするね。私もそのほうが都合いいわ』
『良かった。じゃあ来週、待っているわ』
これで正当な理由ができた。
ほっとした紫織は、早速室井に休みの変更を申し出た。
――さて、次の問題は……。
宗一郎が部屋に来る。
どうしよう。夕ご飯はどうするんだろう?
実家に帰らなくなったのだから、宗一郎が食べなくても作り置きに回しておいてもいいし、用意だけはしておこうかな。
となると冷めても美味しいものがいい。もしくは簡単に温められるもの。と考えて、冷蔵庫にあるものを思い浮かべて鶏の南蛮漬けを思いついた。
いまでも好みが変わっていなければ、彼は唐揚げが好きなはず。かといって揚げたてを出せるわけじゃない。でもタルタルソースをたっぷりつけた南蛮漬けなら冷めても美味しい。
――よし。
帰宅途中足りないものだけ買って、紫織は家路を急いだ。
宗一郎が何時に来るかはわからない。早めに用意を済ませなければと、とりあえずそれだけを考える。
ポテトサラダに、鶏の南蛮漬け、素揚げした茄子とピーマンを甘辛味噌で和えたもの。そしてワカメと豆腐のお味噌汁。
「できたぁ」
全ての準備が終わり、フゥっと一息ついて見た時計の針は、七時を示していた。
『社長は働き者だなぁ。八時前に帰ったことなんかないんじゃないのか?』
室井がそう言っていたことがある。
今日もそうだとすれば、来るのは八時過ぎになるだろう。
――宗一郎。
『ごめん。俺にはやっぱりお前しかいない』
でも、いまさらじゃない?
もし、この偶然がなかったら、私のことなんて忘れたんじゃないの?
その思いがないわけじゃない。
でもどうするの? 紫織。ちゃんと言える?
私たちは終わったんだって言える?
今でも好きなくせに、言えるの?
自問自答を繰り返すうちに、胸の奥が鉛のように重たくなってくる。
あの時、宗一郎を突き放した七年前。
宗一郎は一度も食い下がることもなく、あれきり紫織の前から姿を消した。
――酷いことを言ったのは私だけど……。
片時も忘れることはできなくて、宗一郎から電話があるんじゃないかと思いながら電話を見つめていた。
道を歩けば、どこからか宗一郎が現れるんじゃないかと、意味もなくあたりを見渡して。
いつも。いつだって宗一郎を捜していた。
彼が着ていた服。
彼と似ている髪型。
何を見ても宗一郎を想っていた。
『藤乃屋』がいよいよ店を畳むことになった時、何もかも失って絶望の縁に立たされたあの時でさえ、宗一郎が来てくれるんじゃないかと、ずっと待っていた。
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辛くて悲しくて、せめて声だけでもと思ってかけた公衆電話から、現在使われておりませんと聞こえたメッセージ。
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ピンポーンとインターホンが鳴った。
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