どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第十章 ずっと好きだった 3

 少し大きな声に驚いて、紫織は慌てて周りを見渡した。

 誰もいないことにホッとしたのもつかの間。宗一郎は何やら深刻そうにジッと見つめながら、一歩また一歩と近づいてくる。

「ちょ? ちょっと? そ、宗一郎?」

「誰に見られたって構わない。どうせ俺には紫織しか愛せないんだ」

「――な、なに言ってるの?」

「何度もあきらめようと思った。だけどやっぱり無理だ」

 気が付いた時には、壁に背中がぶつかって逃げられず。そのまま抱きしめらた。

「紫織」

 ――宗一郎?

「ごめん。俺にはやっぱりお前しかいない」

 それは突然の、強引なキスだった。

 宗一郎の胸を叩き、何とか唇が離れたところで、わけも分からず「わかったから」と口が勝手に言っていた。

 見上げる宗一郎はニコリともせず、他には何も見えないと言わんばかりにジッと見つめてくる。

「なにがわかったんだ?」
「と、とにかく。ここは、会社だから。ね?」

「じゃあ、今晩、紫織のマンションに行ってもいいか?」
「うん。うん、いいよ。来て、だから、ね?」

「京都に帰るんだろう?」
「そ、それは、大丈夫。明日じゃなくても、変更できるから」

「ほんとうに?」
 髪を撫でられながら、うんうんと大きく頷いた。

「わかった」と言いながら、変わらぬ熱い瞳を近づける彼は、もう一度、今度はゆっくりと唇を重ねてきた。



 ――あぁ、ビックリした。

 宗一郎がようやく体を離したところで、話し声が聞こえてきて、慌ててその場を離れたが。

 ――ど、どうしちゃったの?
 席に戻った紫織は、胸に手をあてて息を大きく吐いた。

 心臓は狂ったように暴れていて、胸の鼓動は少しも大人しくなってくれない。

 京都の実家には帰れなくなった。
 かといって今更課長に休まないとも言いづらいし、それよりなにより問題は母だ。

 実家に帰る予定を一日遅らせたら、母はさぞかしガッカリするに違いない。

 ――困ったなぁ。
 湧きおこる後ろめたさに苛まれ、浮き足立っていた心が落ち着いてくる。

 やっぱり駄目だと宗一郎に断ればいい。直接なら言えなくてもメッセージを送ればいいじゃない? とパソコンに向っても、なんだか指は動かない。

 重ねられた唇が熱を帯びたまま、心を惑わせる。

 紫織はそっと、唇に触れた。
 七年前も、あんなに情熱的なキスをしたいたのだろうか?

 時間が止まったような、渦のなかに巻き込まれるような、そんな激しいキス。

 あんなキスをされたら、京都には帰れない。

 ――ごめんなさいお母さん。

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