どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第十章 ずっと好きだった 1

「実家に行くのか?」と上司の室井が聞いた。

 明日から紫織は夏季休暇だ。会社は休みではないが、八月中はそれぞれが交代で三日は休むことになっている。

「はい。お正月には帰ったから、しばらくは帰らないつもりだったんですけどねー」

「ふーん。何かあるのか? あ、もしかして、またお見合いの話? お袋さんも粘るなぁ」

「あはは。ほんとですよねぇ」
 以前から、母が縁談を持ってくることを室井は知っている。『花マル商事』にいたころにも、何度かそんな愚痴をこぼしていたのだ。

「え? 紫織さん、お見合いするんですかぁ?」
「あ、光琉ちゃん」

「はーい、紫織さん、お客さまから頂いたゼリーですぅ。女子の分しかないんですよぉ。冷たいうちに召し上がれ」

 よく冷えているのだろう。入れ物は濡れていて、フルーツが沢山入っているのが透けてみえていて美味しそうだ。
「わーい。ありがとう。じゃ、早速コーヒーいれて頂こうっと」

 ――お見合いの話、光琉ちゃんに誤解されちゃったかな?

 否定する機会を失ってしまった。
 ゼリーを配り歩いている光琉をわざわざ捕まえて否定するのも気が引ける。

 戸惑いはしたものの、まぁいいかとあきらめて、紫織は喫茶コーナーに向かった。

 お見合いだと誤解されて困る相手がいるわけじゃないと思いながら、宗一郎のことが頭を過る。

 でもそれは考えないことにした。
 それに、総務の陽子さんなら早速噂話としてふれ回るかもしれないが、光琉は不確かな噂などするような子ではない。

『私、超がつくほど現実的なんですよ』
 彼女は見た目と違って、ずっと大人だ。そして強い子である。
 思えば、『SSg』に来てからずっと、光琉の弾けるような若さと明るさが眩しくて仕方がなかった。

 その眩しさがそのまま紫織の心に影を作り、卑屈さを生み出ていくような、そんな感じがしていた。
 羨ましくて、劣等感に苛まれて仕方がなかったのに。
 いまは素直に、彼女の眩しさを受け止めることができる。

 ――我ながら、ほんと調子いい。

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