どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第九章 社長の秘密 11

 タクシーに一緒に乗って、彼が視界に入るのが怖くて外に目を移した。

 これがタクシーじゃなかったら、このまま帰りたくないという想いに囚われて泣いてしまったかもしれない。

 マンションに到着してタクシーを降りると、運転手を待たせたまま宗一郎も一緒に降りた。

「ここに引っ越ししたの。美由紀の知り合いが無償で貸してくれて」

「そうか」

 お茶でも飲んでいく?
 もしそう言ったら、あなたはどうするだろう。

 そんな気持ちに蓋をして、精一杯の笑みを浮かべた。

「ごちそうさまでした。今日はありがとう。じゃあ、お休みなさい」

「おやすみ」

 振り返りたくなる気持ちを抑えながらマンションに入って、そのまま急ぎ足でエレベーターに乗る。

 ――宗一郎。
 彼は、バーが似合う大人の男の人になっていた。

 ずるいなぁ、自分ばっかり成長して、素敵になって。

 本当にずるい。

 その夜。布団に潜り込んだ紫織は、ひさしぶりに幸せな気分のまま眠りについた。

 ――楽しかったなぁ。
 泣きたくなるくらい、楽しかった。

 このまま私たち、いい友人になれる?
 七年の溝を少しずつ埋めて、なんでも言えるような友達になれたらどんなにいいだろう。

 一喜一憂している今の心が落ち着つくのに、あとどれくらいかかるかな。

 半年、一年?
 できれば彼が結婚する前に。そうなりたい。

 結局聞けなかった恋人のこと。

 ――宗一郎、付き合っている人はいないの?

 聞きたいけれど、もし、実はいるんだと言われたらどうするの。いないと言われたら、どうだっていうの?

 私たちはとっくの昔に終わっているのに。
 そう思ううち、結局言葉には出せなかった。

 でもいつか乗り越えられるよね?

「おやすみ、宗一郎……。」

 切なさを秘めたまま、その眠りは紫織を幸せな夢へと続いた。

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