どうにもならない社長の秘密
第九章 社長の秘密 9
「あぁ」
宗一郎は、名刺入れを手に取った。
「使っていてくれたの?」
――光琉ちゃんが言っていた名刺入れは、やっぱりあの名刺入れだった。
「いや。勿体なくてね、大切に引き出しに入れておいた。そのうち、そのうちって思っていてまだ使っていないんだ」
「やだぁ使って? 革は使いこなして馴染むんだから」
――あれ?
どうして、私、笑っているんだっけ?
急に恥ずかしくなって、慌てて社長室を出た。
ドキドキと高鳴る胸に戸惑いながら、エレベーターの中で紫織は胸を抑えた。
――宗一郎。優しい笑顔だった。
『勿体なくてね』
思わず熱くなるこの時めきはなんなのだろう。
ここ数日、涙で枕を濡らしていたくせに。
「お待たせ」
「社長、どうでした?」
「うん。あとで来てくれるかも。課長? 休んでください。大丈夫ですか?」
コーヒーはあまり効かなかったらしい。
にこにこと笑う光琉の横で、室井はウトウトと眠たそうだ。出張がえりなのだからそれも当然だろう。
「ん? あぁ。悪い」
「課長、無理しないでくださいね」
「あぁ、うん。まぁもう少しだからな」
それから間もなく、宗一郎は現れた。
交代するように室井は長椅子に横になり、その後を彼が引き継いだ。
「社長って、けっこう器用なんですねぇ?」
「まあな、こういう細かい作業は好きなんだ」
ふたりの会話を聞きながら、宗一郎は昔から器用だからと紫織は密かに思った。
そして、そんなことを知っていることがなんだか誇らしくもあり、同時にそう思う自分に戸惑った。
「ところで社長は夕ご飯食べました?」
「いや」
「え? そうなんですか?」
「紫織さん、言ってやってくださいよぉ。社長ひとり暮らしなのをいいことに食事環境が滅茶苦茶なんですよ? 朝は食べない。夜も酷いと社長室でカップ麺とか。もっと酷いと食べないとか」
「ええ? お昼だけってことですか?」
「ん、まぁ。慣れれば、結構平気だから。昼はしっかりと取ってるし」
「いやいや、そういう問題じゃないですよ」
「ですよねー? ほら、ダメです。今日は紫織さんにつきあってもらって何か食べてから帰ってください」
――え? 私?
「え? 付き合ってくれます?」
と言う宗一郎は、何故だかにこにことうれしそうだ。
――本気なの?
いやいや、話の流れからいって、そう聞くしかなかっただけよ。
そう思いながら笑って誤魔化した。
「あ、あはは」
全てのシールの貼り終わることができたのは、それから三十分後のことだった。
「じゃ、私帰りますねぇ、タクシー呼んだので。お先に。室井さん乗って行きます?」
「ああ、乗る乗る。じゃあな、お疲れ」
「あ、お疲れさまです」
「お疲れ」
一体いつの間に光琉はタクシーを呼んだのか。唖然とする間にふたりとも行ってしまった。
その場に残ったのは紫織と宗一郎のふたりだけ。
宗一郎は、名刺入れを手に取った。
「使っていてくれたの?」
――光琉ちゃんが言っていた名刺入れは、やっぱりあの名刺入れだった。
「いや。勿体なくてね、大切に引き出しに入れておいた。そのうち、そのうちって思っていてまだ使っていないんだ」
「やだぁ使って? 革は使いこなして馴染むんだから」
――あれ?
どうして、私、笑っているんだっけ?
急に恥ずかしくなって、慌てて社長室を出た。
ドキドキと高鳴る胸に戸惑いながら、エレベーターの中で紫織は胸を抑えた。
――宗一郎。優しい笑顔だった。
『勿体なくてね』
思わず熱くなるこの時めきはなんなのだろう。
ここ数日、涙で枕を濡らしていたくせに。
「お待たせ」
「社長、どうでした?」
「うん。あとで来てくれるかも。課長? 休んでください。大丈夫ですか?」
コーヒーはあまり効かなかったらしい。
にこにこと笑う光琉の横で、室井はウトウトと眠たそうだ。出張がえりなのだからそれも当然だろう。
「ん? あぁ。悪い」
「課長、無理しないでくださいね」
「あぁ、うん。まぁもう少しだからな」
それから間もなく、宗一郎は現れた。
交代するように室井は長椅子に横になり、その後を彼が引き継いだ。
「社長って、けっこう器用なんですねぇ?」
「まあな、こういう細かい作業は好きなんだ」
ふたりの会話を聞きながら、宗一郎は昔から器用だからと紫織は密かに思った。
そして、そんなことを知っていることがなんだか誇らしくもあり、同時にそう思う自分に戸惑った。
「ところで社長は夕ご飯食べました?」
「いや」
「え? そうなんですか?」
「紫織さん、言ってやってくださいよぉ。社長ひとり暮らしなのをいいことに食事環境が滅茶苦茶なんですよ? 朝は食べない。夜も酷いと社長室でカップ麺とか。もっと酷いと食べないとか」
「ええ? お昼だけってことですか?」
「ん、まぁ。慣れれば、結構平気だから。昼はしっかりと取ってるし」
「いやいや、そういう問題じゃないですよ」
「ですよねー? ほら、ダメです。今日は紫織さんにつきあってもらって何か食べてから帰ってください」
――え? 私?
「え? 付き合ってくれます?」
と言う宗一郎は、何故だかにこにことうれしそうだ。
――本気なの?
いやいや、話の流れからいって、そう聞くしかなかっただけよ。
そう思いながら笑って誤魔化した。
「あ、あはは」
全てのシールの貼り終わることができたのは、それから三十分後のことだった。
「じゃ、私帰りますねぇ、タクシー呼んだので。お先に。室井さん乗って行きます?」
「ああ、乗る乗る。じゃあな、お疲れ」
「あ、お疲れさまです」
「お疲れ」
一体いつの間に光琉はタクシーを呼んだのか。唖然とする間にふたりとも行ってしまった。
その場に残ったのは紫織と宗一郎のふたりだけ。
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