どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第七章 決別チョコレート 8

 コンビニでチョコレートを買い、ドラッグストアでラッピング用の袋を買った。
 これがいまの精一杯。

 辞める時には心を込めて何かを贈ろうと思う。
 形に残らないなにか。その時はもう少しちゃんと専門店で買ったチョコレートでもいいかもしれない。

 席に戻り、ラッピングをして光琉のところに渡しに行った。

「はい光琉ちゃん、用意いたしました。よろしくお願いします」

「はーい。ありがとうございます。では、どうぞこちらへ。ちょうどいらっしゃるから、直接渡してくださいねぇ」

「え! いいわよ。ていうか嫌よ。お願い光琉ちゃん渡しておいて。じゃあ」

「あ、だめですよ。皆さんそうして渡してるんですからぁ。なかなかね、社長と話す機会がないでしょう?」
「だめ、ダメダメ!」
「さあ、いい機会ですから、さあさあ」
「いいの、私はいいのー!」
 光琉に腕を引っ張られ、それでも逃げようとバタバタあがいていると、ふいに声がした。

「藤村さん、どうぞ入ってください」

 ――え?
 いつの間にかそこには宗一郎がいた。
 毅然とした声は彼の声だったのである。

 名前を呼ばれてはさすがに無視することもできない。
 やむなく立ち止まった紫織はキュッと唇を噛んで、決心したように「はい」と頷いた。

 二度と入ることはないだろうと思っていた社長室にまた入ってしまった。でも今度こそ、本当にこれで最後だ。
 そう思いながら頭を下げて中に入った。
「失礼します」

「どうぞ。座ってください」

 椅子に浅く腰をおろして視線をテーブルに落としたが、向かいの席に宗一郎が座ると、紫織はすぐさま頭を下げた。

「――先日は、すいませんでした」
 エレベーターでのことは、やはりどう考えても大人げなかった。
 彼には社長という立場がある。社内においての公私混同は避けるべきだった。どう考えても非があるのは自分であるし、辞めるまでに、機会があればこれだけは謝っておこうと思っていたのである。

「いや、別に」と短く答えた彼は「それより何か困ったことはない?」と聞く。

 語り掛けるその声はずいぶんと優しい響きを帯びていた。

 でも、紫織の固く閉じた心には届かない。
 しつこいとさえ思っていた。

 テーブルの上に視線を落としたまま、頑なな姿勢を崩さない。

 もう何も、考えたくはなかった。
 考えることにも疲れた。

 今なにか考えてしまうと、それは全てがマイナスの方向に向かってしまう。宗一郎を傷つけ、自分も傷つく。

 いま紫織の頭にあるのは、一刻も早くこの部屋から出ることだけだった。

「なにもありません」

 すると。

「紫織、ちゃんと目を見て話して」と彼が言う。

 ――え?

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