どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第七章 決別チョコレート 7

***

「え? チョコレート?」

「はい。八月一日は、社長と副社長、ふたりとも同じ誕生日なんですよぉ。この会社はバレンタインとかは特になにもないんですけどね。その代わりでもないですけどぉ、なんとなーく習慣に」

「そうなんですか」

「はい。そして、クリスマスにはおふたりからお返しのチョコレートがドンっと配られるんですよぉ」

 八月一日は宗一郎の誕生日。
 忘れたわけではなかったが、まさかこんなに大事になっているとは紫織には思いもよらなかった。

 光琉の話によれば、渡すチョコレートは五百円以下という決まりがあって、板チョコ一枚にリボンを付けて渡す人も何人かいるという。

 ――宗一郎。チョコレートだけは好きだったからなぁ。

 そう。お菓子類はあまり食べない彼も、チョコレートは別だったのである。学生の頃から、コーヒーとチョコレートは彼の中でセットだった。

 ふと思った。
 ――数少ない、彼の変わらない、いち部分ということか。

 とはいえ、いまの自分には関係ないイベントである。そう思いながら、聞き流したのは先週のことだ。
 午前中、廊下で会った光琉が言った。

「紫織さんは? いつお渡ししますか?」
「え? なんのこと?」

「やだぁ、先週言った社長と副社長へのプレゼントのことですよぉ」
「え? でもそれって、希望者だけじゃぁ?」

「もちろんそうですぇどぉ。大丈夫ですよ、お昼休みに買えば間に合いますって。ね、私からのお願い」

 目を瞑って光琉がすりすりと拝むように手を合わせる。
 なぜ彼女がこんなふうに頼み込むのかはわからないが、そこまでお願いされるとなんとなく断れない。仕方なく紫織はあきらめた。

「わかりました。了解です」

「よかったぁー。じゃあお願いしますね! 待ってまーす」

 夏場にチョコレートなんて、溶けてしまうじゃないか。どうして断らないんだろう? 宗一郎のやつ。とブツブツ文句を言いながら、結局紫織はお昼休みにチョコレートを買いに出かけた。

 社長室にも副社長室にもミニ冷蔵庫があるらしく。贅沢しちゃってと、そんなことまで腹立たしい。

 ――貴重なお昼休みなのに。もぉ。
 汗をかいてしまうし、陽に焼けるし真夏の昼間なんて外を歩いていいことはない。だからお弁当を欠かさないと言うのに面倒臭いことこの上ない。

 よりによって宗一郎の誕生祝いのためだなんて。もう。絶対に関わり合いたくないイベントではないか。

 とはいえ、これで最後だ。
 ――仕方ない。

 エレベーターで失礼な態度をとったことを考えれば、チョコレートを贈るくらい安いものかもしれない……。

 落ち着いて考えればさすがにあれは酷い。
『気持ち悪い』とまで言ってしまった。

 暴言がチョコレートひと箱で帳消しにはならないだろうし、渡したところでゴミ箱に捨てられるかもしれないが、まぁ、それも仕方がないだろう。

 正直どうでもよかった。
 退職届を課長に託した時点で、心に踏ん切りはついたのだから。

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