どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第七章 決別チョコレート 2

「社長、ありがとうございました。本当に」

 そんな風にお礼を言うのが精一杯だった。

 また会社を再建してくださいよ、そしてまたみんなで働きましょうよと、言えない想いが涙になって、頬を伝って落ちていく。
「おいおい。泣くなよ、紫織」
「だって。本当に社長、よくしてくれたから……」

「こらこら、しょーがないなぁ」
「わ、私は、泣き上戸なんですよぉ。ヒック」
 森田社長と室井課長に囲まれていると、温かい家族に見守られているようで、なんだか胸が熱くなって仕方がなかった。

 ――送別会だから泣いてもいいでしょう?
 誰に向かって言うわけではないが、そんな言い訳をしながら紫織は泣いた。

 ――せっかく私の為を思って用意してくださった転職先なのに。
 ごめんなさい森田社長。実は辞めるんです。
 そんなことを、言えるはずもない。

 帰りたい。あの頃に。
 森田社長がいて、経理のおばちゃんが元気に笑い飛ばして、みんな楽しく働いていたあの頃に。

 でも、みんないなくなってしまう。
 二次会、三次会と人が減っていくように、ひとりずついなくなってしまうのだ。

 そして、どうして。
 よりによってどうして、転職先が宗一郎の会社だったのか。どうして。

 神さまのいたずらにしてはあまりに酷い。

 様々な事が紫織の心を駆け巡り、涙はいつまでたっても止まらなかった。

 日付が変わる頃に森田社長を見送った後。ぐすぐすと泣く紫織を見かねたのだろう。
「久しぶりに二人で飲むか?」と、室井は紫織を誘った。

「――はい」
 ふたりが入ったのは、すぐ近くにあった小さなバー。
 カウンターといくつかのテーブル席があるだけの店にはジャズが流れ、週末の疲れをいやす客が静かにグラスを傾けている。

 紫織と室井は小さな丸いテーブルを挟んで腰を下ろした。

 少し身を乗り出すようにして紫織を見つめた室井は、声を落として囁いた。

「紫織。お前、鏡原社長と何かあるのか?」
「え?」

「この前、エレベーターで何か様子が変だったとかなんとか、総務の陽子さんが心配していたぞ」

 ――ぁ。

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