どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第六章 くすんでいく想い出  6

 ――最低!ほんとに最低!

 会社から飛び出して、そのまま走って路地裏に入った紫織は、バッグの中からマスクを取り出した。
 慌てたように耳にゴムを掛けると、堪えていた涙が溢れてくる。

 ――わかっている。
 最低なのは宗一郎じゃなくて、自分だと。

 関係のない光琉のことまで悪し様に言ってしまった時点で、自分は大切な何かを失い、全てに負けたのだ。

 せっかくがんばったのに。
 ここまでがんばったのに、もう無理……。

 宗一郎が社長を務める会社で働くなんて、到底無理な選択だったのである。
 今更のように美由紀が言った言葉が思い出された。

『紫織、意地を張ってもいいことないよ?』

 つまらない意地を張って、傷つけて傷ついて。

 私、ただの嫌な女だ。

 ごめんなさい。光琉ちゃん。宗一郎、課長。みんなごめんなさい。

 止まらない涙は、マスクの中で流れ続けた。

 美由紀は残業が多く、いつも紫織よりも帰りが遅い。
 誰も居ない部屋に「ただいま」と声をかけた紫織は、まっすぐ自分の部屋に行くとクローゼットの奥にある小さな小箱を取り出した。

 箱の中にはシルバーのハートのリングがある。

 よく磨いて保存したはずが、手に取った指輪は輝きを失い、黒く変色してした。

 そのくすみはまるで、今の自分の心のように思えた。

 ――あの頃は純粋だったのに。

 胸に燻ぶる黒い影は嫉妬なのかなんなのか、その影が、純粋だった輝きを消した。

 くすんで汚くて、何も映すことはできない醜い心の持ち主になってしまった。

『ごめんな。紫織。シルバーしか買えなかった』
『ううん、いいのよ。うれしい! 本当にありがとう、宗一郎』

『いつか必ず、同じ銀色でもプラチナのリングを買ってあげるからな』
『いいの、いいのよ、これで。私一生大切にする』

 輝きのないリングをそのまま指にはめてみた。

 ――遠いね。宗一郎。
 あの頃にはもう、戻れないんだね。

 私、どうしたらいい?
 宗一郎はがんばって成功したのに、私、祝福の言葉すら言ってあげられない。

 幸せになってほしいのに、でも、素直に喜べないの。

 どうしたらいいの?

 紫織の瞳からまたハラハラと涙が零れ落ちた。

 ――『SSg』を辞めよう。
 誰のためでもなく、自分のために。

 そして、大切な想い出のために。

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