どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第六章 くすんでいく想い出 3

 それから数日後のことだった。

 光琉が分厚い冊子を持って、紫織の元へ来た。

「紫織さぁん、見てくださーい」
 ニコニコと笑顔の光琉が紫織に渡した冊子は、女子社員用の制服のカタログだった。

「制服を作るんですか?」

「はい。そうなんですよぉ。私と社長で選んじゃったから。気に入らなかったらごめんなさいね」

 付箋のページを開いた光琉が「これでーす」と指を刺した。
「どうですかぁ? 白いシャツも付いているんですけどぉ、これなら手持ちのブラウスを着てもいけるかなぁと思ってぇ」

「いい!すごく素敵ですよ、制服っぽくないし、うれしいです!制服があると楽だし、すごくオシャレ」

 その制服は濃いグレーのスーツで、Aラインのスカートの他にパンツまで選べるらしい。

「よかったです。気に入ってもらえて。ちなみに制服は着ても着なくても、どっちでもいいそうでーす。ほしい人だけってことで。明日見本が届くので、サイズ合わせてみてくださいね~」
「はーい。了解です」

「洗濯機でガンガン洗えて、ウエストがゴムなんですよ? すごくないですか? ちょっとやそっと太っても大丈夫だし、制服ってよくできてますねぇ」

 光琉がその場を離れると、パーテーションの向こう側からひょっこりと室井が顔を出した。
「お、早速か。感謝しろよ。俺が社長に言ったからだぞ」

「え? 社長に?」

「何か困ったことはありませんか? って、聞かれたから、俺はないけどお前が、制服がほしいって言ってたってな、報告したんだ」

「そうだったんですか……。ありがとうございます、課長」

 室井は早くもすっかり『SSg』の営業マンとして馴染んでいるし、鏡原社長に頼られているともっぱらの評判だ。
 もともと室井は優秀な営業マンである。花マルのような小さい潰れかけの会社にいたのは、心のリハビリのためで、その証拠に『SSg』に来てからは水を得た魚のように成果を出している。

 彼はそもそも花マルの森田社長の力など借りなくても、転職先に困らなかっただろう。紫織を心配して付き合ってくれたのもあるだろうが、むしろ宗一郎から是非にと入社を誘われたのかもしれないと、紫織は思っていた。

 制服のことも、信頼する営業部のマネージャーがそう言うなら、と聞いてくれたのに違いない。

 そんなふうに想像しながら、紫織は小さくため息をつく。

 制服をもらえるのはうれしいけれど、そのぶん辞め辛くなってしまう。

 紫織がいま欲しいもの。
 それは制服ではなく、辞めるための正当な理由だった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品