どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第六章 くすんでいく想い出 2

「意外ですか?」

「あ、いやべつに……」

「あいつは、花マルに入るまで十社かな? あれ?もっとだったかな? とにかく面接で落ちまくったらしくて」

「ええ? そんなに?」

 彼が驚くのも無理はないだろう。
 それもそのはずで彼女が『花マル商事』に入社した四年前は、特に就職難というわけではなかった。

「大学を卒業してから二年近く、彼女は一度も仕事は何もしていなかったみたいなんですよ。就職に有利な資格はなにも持っていないし、おまけにパソコンが苦手だけど事務職希望。それをバカ正直に言うものだから。雇う方もまぁ考えちゃいますよね」

「――でも、事務じゃなければ。アパレルとかなら」
 視線を落としたまま彼は「美人ですし」と付け加えた。

「ええ、仕事を探しながらバイトでショップの店員はしていたみたいです。でも、そういうところは当然ですがそのブランドの服を常に買わなくちゃいけないでしょう? となると金がかかるらしくてね。それにあの通り、藤村は大人しいから、色々ときつかったんじゃないですか。本人は何も言わないけど、花マルで事務の仕事について精神的に楽になったって、しみじみと言っていましたよ」

「そうですか」

 彼はあらためてデスクに向かって、並んでいるソフトウェアの実用書を手に取った。
 紫織は何度も何度もその本を見ているのだろう。どれもこれもめくり皺で厚くなり、付箋だらけだ。

 何を思うのか、彼はそれらを一冊ずつ手に取って繁々と見つめ、本を元の場所に戻すとあらためて室井に聞いた。
「ところで、どうですか? ここに来て不便なことはありませんか?」

「私は何ひとつありませんよ。全てが快適です」
「私はというと、藤村さんにはあるんでしょうか?」

「え? ええまぁ。彼女はね、制服があるともっとよかったって言っていましたね」
「制服?」

「はい。男はスーツがありますけどね。毎日のことだから女性は大変なんでしょう」

 なるほど。と、彼は深く頷いた。

 じゃあとその場を離れていく彼を見つめて室井はため息をつく。

 ――いい男なんだけどなぁ。
 紫織は何が気に入らないんだ?

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品