どうにもならない社長の秘密
第五章 幸せを願うということ 1
迎えた設立記念パーティの日。
「社長? どうして憂鬱そうな顔をしているんですかぁ? このおめでたい日に」
呆れたように光琉が眉をひそめた。
「そんなことないだろ。俺は、そういう顔なんだ」
「もぉ」
「大丈夫だよ、そのために荻野がいるんだ」
「まぁそうですけどねぇ」
光琉がクルっと首を回すと、副社長の荻野が爽やかな笑みを浮かべて来賓と話をしている。
無口で無愛想な社長と違って副社長の彼は社交的だ。
タイプの違うふたりだからこそバランスが取れているわけで、そう言われてしまうと光琉も返す言葉がない。
それに、作り笑いの社長の顔なんて想像しただけで引くわぁー、と思いながら首をすくめた。
「帰っていいか? 今日はスピーチも荻野の番だしな」
「絶対にダメです。最後の最後にひと言くらいは挨拶しないと絶対にダメですからね」
「はいはい」
うんざりしたようにため息をつき、視線を移した宗一郎がふと視線を止めた。
――ん?
何とはなしに光琉はその視線が気になって振り返ったが、彼が何を見たのか全然わからない。
もう一度、彼の顔をみれば、もう視線を戻していた。
「なんだよ」
「いいえ、別に」
「さて、しょーがねぇ。一応挨拶回りでもするか」
「はい、がんばってくださいね」
光琉はもう一度、彼が見ていたほうを振り返った。
結局何を見ていたかわからないが、ふと気になった人がいた。
タタタと走っていく先にいたのは――。
「紫織さぁん」
「あ、光琉ちゃん。かわいい~、すっごくよく似合ってる」
「紫織さんこそ、すっごく素敵ですよ、着物。本当に素敵、私、着物のことは全然わからないけど、素敵なことはわかります! それはどういう着物なんですか?」
「ありがとう。これは友禅よ」
「友禅。京都のあの友禅ですね。なるほど、やっぱり日本人は着物ですねぇ」
しみじみと光琉はため息をつき、紫織の着物をしげしげと眺めた。
――なんて上品な着物だろう。
帯も、帯を締めている帯留めもなにもかも。見れば見るほど心が惹かれ素直に感動した。
光琉が着ているドレスは今夜のために新調したものだ。
社長秘書という立場を考えて奮発したそれなりのブランド品である。とはいえ一万円札に百をかけるほどじゃない。
でも、紫織が着ている着物はその程度の物じゃない。
――五百万で買えるだろうか。いや、帯や帯留めまでいれたら一千万でも買えないかもしれない。
キャバクラで働いていた時、光琉は銀座のクラブのママと知り合いになった。
ママの人柄も雰囲気も全てがとても素敵な女性だったので、一時は真剣にそのクラブで働きたいと考えたこともある。
彼女はいつも素敵な着物を着て、着物のよさを教えてくれた。
光琉が夜の街から抜けることを決めたのも、『あなたは昼間のほうが似合うわ』と言ってくれたママの言葉に寄ると言ってもいい。
「いまは買えないけど、いつか素敵な着物を一式揃えたいと思っているんです」
「そう言ってくれるとなんかうれしいわ。私ね、実家が昔、呉服屋をやっていてね。これはその名残りなの」
「社長? どうして憂鬱そうな顔をしているんですかぁ? このおめでたい日に」
呆れたように光琉が眉をひそめた。
「そんなことないだろ。俺は、そういう顔なんだ」
「もぉ」
「大丈夫だよ、そのために荻野がいるんだ」
「まぁそうですけどねぇ」
光琉がクルっと首を回すと、副社長の荻野が爽やかな笑みを浮かべて来賓と話をしている。
無口で無愛想な社長と違って副社長の彼は社交的だ。
タイプの違うふたりだからこそバランスが取れているわけで、そう言われてしまうと光琉も返す言葉がない。
それに、作り笑いの社長の顔なんて想像しただけで引くわぁー、と思いながら首をすくめた。
「帰っていいか? 今日はスピーチも荻野の番だしな」
「絶対にダメです。最後の最後にひと言くらいは挨拶しないと絶対にダメですからね」
「はいはい」
うんざりしたようにため息をつき、視線を移した宗一郎がふと視線を止めた。
――ん?
何とはなしに光琉はその視線が気になって振り返ったが、彼が何を見たのか全然わからない。
もう一度、彼の顔をみれば、もう視線を戻していた。
「なんだよ」
「いいえ、別に」
「さて、しょーがねぇ。一応挨拶回りでもするか」
「はい、がんばってくださいね」
光琉はもう一度、彼が見ていたほうを振り返った。
結局何を見ていたかわからないが、ふと気になった人がいた。
タタタと走っていく先にいたのは――。
「紫織さぁん」
「あ、光琉ちゃん。かわいい~、すっごくよく似合ってる」
「紫織さんこそ、すっごく素敵ですよ、着物。本当に素敵、私、着物のことは全然わからないけど、素敵なことはわかります! それはどういう着物なんですか?」
「ありがとう。これは友禅よ」
「友禅。京都のあの友禅ですね。なるほど、やっぱり日本人は着物ですねぇ」
しみじみと光琉はため息をつき、紫織の着物をしげしげと眺めた。
――なんて上品な着物だろう。
帯も、帯を締めている帯留めもなにもかも。見れば見るほど心が惹かれ素直に感動した。
光琉が着ているドレスは今夜のために新調したものだ。
社長秘書という立場を考えて奮発したそれなりのブランド品である。とはいえ一万円札に百をかけるほどじゃない。
でも、紫織が着ている着物はその程度の物じゃない。
――五百万で買えるだろうか。いや、帯や帯留めまでいれたら一千万でも買えないかもしれない。
キャバクラで働いていた時、光琉は銀座のクラブのママと知り合いになった。
ママの人柄も雰囲気も全てがとても素敵な女性だったので、一時は真剣にそのクラブで働きたいと考えたこともある。
彼女はいつも素敵な着物を着て、着物のよさを教えてくれた。
光琉が夜の街から抜けることを決めたのも、『あなたは昼間のほうが似合うわ』と言ってくれたママの言葉に寄ると言ってもいい。
「いまは買えないけど、いつか素敵な着物を一式揃えたいと思っているんです」
「そう言ってくれるとなんかうれしいわ。私ね、実家が昔、呉服屋をやっていてね。これはその名残りなの」
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