どうにもならない社長の秘密
第四章 変わるもの変わらないもの 9
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「見積書できました」
「お、サンキュー」
『SSg』に来て二週間。営業事務として働く紫織の毎日は滞りなく過ぎた。
相変わらず宗一郎を見かけることは滅多にない。
それがいいのか悪いのか。
見かければ心はピリピリと棘立つし、でも姿を見ないからといって、胸の奥に沈んだ重たい物が消えるわけじゃない。
ここで働く限り、このすっきりとしない気持ちと付き合っていくしかないのだろう。
紫織が任された仕事は、花マル商事にいた頃とそれほど変わらない営業事務である。
当然ながら扱うものも書類も違うし、時々頼まれるプレゼンの資料作成には眩暈がするほど頭を悩まされるが、その苦労を差し引いてもなお『SSg』は魅力的な会社だった。
まずお給料がいい。
社屋は都会的でお洒落なビルで、毎朝出社して見上げる度に、こんなに素敵な会社にいると思うと胸がワクワクする。
パーソナルスペースがしっかり確保されている自分の席はあるし、とにかく何もかもが新しくて輝いている。
歓迎会の二次会で演歌を熱唱したあの時に心の殻がポロリと剥けたのだろう。
自分でも驚くほど張りつめていた緊張が解けて、社員たちとも随分仲良くなってきた。
男性社員は皆優しいし、女の子たちも話をしてみれば皆気さくで、話をすれば楽しい。
基本的に誰もが忙しく仕事に集中しているので、変に気を使うこともなくて済む。陽子さんのような噂好きもいないではないがそれはそれ。その程度のひとならどこにでもいるだろう。
彼がここの社長であるという事実さえ、乗り越えることが出来るなら。
――そう。
それさえできれば。何もかもが上手くいく。
そうよ! がんばれ紫織!
あんな男なんだっていうの?
あの事件は、まるでドラマのシーンのようだった。
あのとき紫織は、おつかいで郵便局に出かけた帰りだった。
ふと宗一郎がいたこと気づき、彼と顔を合わせないように気をつけながら、足早に通り過ぎようとしたところだった。
彼の隣には秘書の光琉がいて、彼の正面には日傘を差した女の子がいることを、特に不思議がることもなく、通りかかった知り合いと立ち話をしているとか、その程度にしか思わなかったのである。
まさにすれ違おうとした、その瞬間だった。
女の子が彼の頬を叩いた。
ギョッとして目を剥いた瞬間、彼と目が合った時の、驚きと気まずさをどう表現したらいいものやら。
思わず見た女の子は、とても綺麗な子だった。
瞳に涙を溢れさせながら唇を噛んだ彼女は、光琉に肩を抱かれるようにしてタクシーに乗った。
誰がどう見ても、あれは痴情のもつれ。
百歩譲っても痴話げんか。
幻滅したとしか言いようがない。
「見積書できました」
「お、サンキュー」
『SSg』に来て二週間。営業事務として働く紫織の毎日は滞りなく過ぎた。
相変わらず宗一郎を見かけることは滅多にない。
それがいいのか悪いのか。
見かければ心はピリピリと棘立つし、でも姿を見ないからといって、胸の奥に沈んだ重たい物が消えるわけじゃない。
ここで働く限り、このすっきりとしない気持ちと付き合っていくしかないのだろう。
紫織が任された仕事は、花マル商事にいた頃とそれほど変わらない営業事務である。
当然ながら扱うものも書類も違うし、時々頼まれるプレゼンの資料作成には眩暈がするほど頭を悩まされるが、その苦労を差し引いてもなお『SSg』は魅力的な会社だった。
まずお給料がいい。
社屋は都会的でお洒落なビルで、毎朝出社して見上げる度に、こんなに素敵な会社にいると思うと胸がワクワクする。
パーソナルスペースがしっかり確保されている自分の席はあるし、とにかく何もかもが新しくて輝いている。
歓迎会の二次会で演歌を熱唱したあの時に心の殻がポロリと剥けたのだろう。
自分でも驚くほど張りつめていた緊張が解けて、社員たちとも随分仲良くなってきた。
男性社員は皆優しいし、女の子たちも話をしてみれば皆気さくで、話をすれば楽しい。
基本的に誰もが忙しく仕事に集中しているので、変に気を使うこともなくて済む。陽子さんのような噂好きもいないではないがそれはそれ。その程度のひとならどこにでもいるだろう。
彼がここの社長であるという事実さえ、乗り越えることが出来るなら。
――そう。
それさえできれば。何もかもが上手くいく。
そうよ! がんばれ紫織!
あんな男なんだっていうの?
あの事件は、まるでドラマのシーンのようだった。
あのとき紫織は、おつかいで郵便局に出かけた帰りだった。
ふと宗一郎がいたこと気づき、彼と顔を合わせないように気をつけながら、足早に通り過ぎようとしたところだった。
彼の隣には秘書の光琉がいて、彼の正面には日傘を差した女の子がいることを、特に不思議がることもなく、通りかかった知り合いと立ち話をしているとか、その程度にしか思わなかったのである。
まさにすれ違おうとした、その瞬間だった。
女の子が彼の頬を叩いた。
ギョッとして目を剥いた瞬間、彼と目が合った時の、驚きと気まずさをどう表現したらいいものやら。
思わず見た女の子は、とても綺麗な子だった。
瞳に涙を溢れさせながら唇を噛んだ彼女は、光琉に肩を抱かれるようにしてタクシーに乗った。
誰がどう見ても、あれは痴情のもつれ。
百歩譲っても痴話げんか。
幻滅したとしか言いようがない。
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