どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第四章 変わるもの変わらないもの 8

 ここは、会社の入り口の真ん前で、いま隣には光琉と、開発部の社員ふたりがいる。

「はい。さぁさぁ、入った入った」
 気を利かせたのか、光琉が社員ふたりの背中を叩くようにして中に入っていく。


「悪いな、いま仕事中なんだ」

「だから、何度も電話もしたし、メッセージも送ったのよ」

 着信には気づいていた。
 
 逃げたわけじゃないし、忙しかったのも嘘じゃないが、それを言ったところでどうにもならないだろう。

「それで?」

 ――どうしようっていうんだ?

「どうしうことなの? いきなりもう会わないって言われても、私……。あなたの事、パパにもう言ってしまったし」

「じゃあはっきり言うよ。俺は君とつきあうつもりはない。君を勘違いさせたなら申し訳ないと思ってる。すまない」

 頭を下げた。

「そんな」

 ポロポロと涙を零す彼女を目の前にしても、申し訳ないが心はびくとも動かなかった。



「叩いてもいいですよぉ」

 その声に振り返ると、中に入ったはずの光琉が戻っていて、「もうすぐタクシーが来ます」と言って肩をすくめた。

「さあ、あなた、今のうちにピシッと殴っていいですよ。ほら、社長も頬を出して」

 光琉に促されるまま、左の頬を彼女に向けた。
 やれやれと口内でため息をついたとき、ちょうど外から歩いてきた紫織が、目の前に来た。

 ――え? 紫織?

 ビシッ!
「――っ」

「キャ」と悲鳴をあげたのは誰だったのか。
 多分、紫織ではなかったと思う。

「あ、タクシー来ましたよ。さあ、気が済みましたよね」

 光琉がタクシーの中に彼女を促して、運転手に金を渡した。

 ため息をついて、ふと横を見れば、
 ギョっとしたように目を丸くして、ポカンと開いた口に手を当てた紫織と目が合った。


――俺はやっぱり酷い男なんだよな?

 なぁ、紫織。

 いまタクシーに乗った彼女。あの子の名前は栞里。

 そう、お前と同じ、“しおり”っていいうんだよ。

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