どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第三章 そんな偶然ならいらない 5

 いよいよ社長のお出ましか。

 落としていた視線をゆっくりと上にあげると、紫織はハッとしたように目を見開いた。

 ――えっ?!

「社長の鏡原宗一郎かがみはら そういちろうです」

 彼は紫織の、七年前に別れた恋人だった。
 元恋人は、薄い微笑を浮かべて名刺を差し出す。

「どうぞよろしく」

 ゴクリと息を飲む。
 彼の態度はまるで、初めて会う人のそれである。

 もしや他人の空似なのか。
 そう思いつつ、唇を震わせながら視線を落とした紫織は、ジッと名刺を見つめ、それからまた目の前にいる社長を見た。

 名前も顔も彼だ。
 雰囲気は少し違う。
 少し痩せたのか? 精悍な感じがするが髪型のせいもあるかもしれない。それはそれとして、見れば見るほど、どうみても紫織がよく知る宗一郎だ。

 大きな違いがあるとすれば、学生時代の彼は眼鏡をかけていたことくらいかもしれない。
 あまりのショックに茫然自失して声も出せずにいると。

「藤村、履歴書」
 室井に、そう声をかけられた。
「あっ、はい」
 慌ててバッグから履歴書を取り出して、社長の前に差し出した。

「ふ、藤村紫織です。よろしく、お、願いします」
 そう言うのが精一杯だった。

 挨拶をした後は、荻野副社長の質問が続いた。

 『花マル商事』では具体的にどんな仕事をしていたか、これはできるか?あれはできるか?などを聞かれ、今後の業務についての説明を受けた。

 雇用条件や、ざっくりとした『SSg』の業務内容も全て、荻野副社長の口から聞かされた。
 その間、鏡原社長はどうしていたかというと、彼はただ黙って紫織の履歴書を見つめていただけだった。

 三十分ほどが経ち。
 荻野副社長と共に社長室を出た紫織と室井は、途中色々と説明を受けながら、用意されていた三階の席へと案内された。

「何かわからないことがあれば、秘書の元木か、総務に聞いてくださいね」

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