どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第三章 そんな偶然ならいらない 4

 部屋の中から「はい」と、くぐもった男性の声が聞こえた。

「花マルの方がいらっしゃいました」
 ニッコリと笑った光琉ちゃんが、どうぞと促す。

 彼女の横を通り過ぎる時、ふわりと美味しそうな甘い香りがした。

 ――いよいよ面接だ。
 緊張のあまり、紫織の喉がゴクリと鳴った。

 頭をさげて社長室に足を踏み入れると。最初に、明るく広いガラス窓に目を奪われた。眩しくないように加工が施されているのか。微かにくすんで見える外には緑色をした細かい木の葉が見えて、優しく揺れている。

 この高さでどうしてそんな木が見えるのか?
 空中庭園でもあるのだろうか?
 どんなことになっているのかは紫織には想像もつかない。

 次に目に入ったのは、薄いグレーの床だ。
 そしてシンプルなテーブルと椅子。観葉植物がひとつ。余計なものはない。
 社長室は、この麗しい社屋を代表する者の部屋に相応しく、スタイリッシュで凛とした素晴らしい空間だった。

 窓から斜向かいの壁(壁には専門書と思われる本がずらりと並んでいる)に背を向けて、これまたお洒落なデスクに座る社長と思われる男性が、手元の書類に目を落としている。

 ――あ。
 テンポドロップ?

 デスクの隅に、しずく形をしたガラスのオブジェがある。
 紫織が私もテンポドロップを持っていると思った時、デスクの脇に立つ男性が紫織たちに微笑みかけた。

「どうぞ、そちらに」

 促されるまま、室井の後についてスチール製の椅子に腰を下ろすと、向かいの席に腰を下ろした男性は、ニッコリと微笑んで名刺を差し出しおた。

「副社長の荻野おぎのです。藤村さんとは初めてですね」

 どう見ても自分と同じくらいの歳にしか見えない若き副社長の服装は、ジャケットこそ着てはいるが、その中は襟のないカットソー。ここに昇ってくるまで目にした社員たちのように、彼もやはりビジネススーツではない。

「よろしくお願いします」

 紫織は慌てて頭をさげた。

 身をこわばらせながらキュッと唇を噛み、気を落ち着かせようと静かに息を吸いこんだ紫織の耳に、カツカツと、ゆっくりとした足音が響く。

 そして、テーブルを挟んだ正面に足音の主が座った。

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