どうにもならない社長の秘密
第二章 ばいばい花マル、よくできました 6
***
『花マル商事』の廃業は、静かにその日を迎えた。
「こうして見ると、よく崩れ落ちなかったな」
「本当ですね。貸していた他のフロアは暫く空っぽだったし、なんだか引退を待っていたみたい」
室井課長と並んで見上げたビルはひっそりと佇んでいて、戦い疲れて眠りについた老兵のようだ。
「課長、ここはこのあと、どうなっちゃうんですか?」
「リフォームして新しいオフィスビルになるらしい。上の方は賃貸マンションにするとか言ってたな」
「そうですか」
たとえ形が変わっても、更地になるよりは、寂しくないかもしれない。
「ドーンと、ここを買う人が、これから行く会社の社長なんですよね?」
「ああそうだ。今を時めく青年実業家。いい男だったぞぉ」
「へえ」
このおんぼろビルを買ってリフォームして売り出すまでに、一体どれほどのお金がかかるのだろう。
ちゃんと借り手がついて元が取れるかどうかもわからないのに、それだけのお金を用意するその人は、どんな気持ちでここを買うのだろうか。
「なに難しい顔をしているんだよ。イケメンの青年実業家には興味ないのか?」
「え? あはは、そんな立派な方とじゃ、考えようもないじゃないですかぁ」
「欲がないなぁ。紫織はいったいどんな男がいいんだ? あれもだめこれもだめ、なんだかんだ言って、実は理想が高いんだろ? エベレストみたいに」
「そんなことはないですよぉ。いいんです。私は結婚よりも、まずは自立したいんです」
室井は呆れたように眉をひそめた。
「寂しがり屋のくせに、なに言ってんだか」
向きを変えた室井は、「さて、行くか」と、ルーズに開いていた襟のボタンを留めてネクタイをキュッと整える。
「はい!」
哀愁に浸る時間はもう終わり。
いざ出陣だ。
お疲れさまでしたとビルに挨拶をして、クルリと向きを変えた二人が向かうのは、彼らの引き受け先『株式会社SSg』。
「課長、『SSg』ってIT関係なんですよね? 私、行ってすぐにクビになっちゃったらどうしよう」
自慢じゃないが紫織は大のパソコン恐怖症だった。
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