どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第二章 ばいばい花マル、よくできました 4

 森田社長が見つけてくれたという会社は、同じ渋谷区でもおしゃれな街のほうにあるらしい。

 行ってみないとわからないが、服装なんかももう少し気を付けなければいけないだろう。
 ――制服があるといいんだけど。

 時々見かけた野良猫には会えないままかとか。カートを押して朝の散歩をしているお婆ちゃんにはもう挨拶できないなとか。
 この四年間のことをつらつらと思い出しながら歩き、紫織はトボトボと家路についた。

 紫織は友人の美由紀みゆきとルームシェアをしている。

 出版社でばりばり働いている美由紀の帰りはいつも遅い。

 暗い部屋に「ただいま」と声をかけ、着替えを済ませた紫織はそのまま夕食の準備に取り掛かった。

 帰りが遅い美由紀の担当は食費を出すことで、料理を作るのは紫織の役目になっている。

 お給料を沢山もらっている美由紀には時間がないし、残業もなく時間がたっぷりある紫織には、経済的余裕がない。
 ということで分担したのだが、紫織は料理が好きだった。

 今日のメニューはオムライス。

 時折無性に食べたくなる卵たっぷりのオムライス。
 ちょっとくらい落ち込んだ気分なら、どんと弾き飛ばしてくれる魔法のメニューだ。

 全ての準備が終えた頃、美由紀が帰ってきた。

「わーい、オムライス!うれしい」

 作った料理を喜んでもらえるのはとってもうれしい。
 食べてくれるのが恋人なら、また別のうれしさが追加されるだろうが、紫織に恋人はいない。
 過去にいたことはあるが、もうずっと昔のことだった。


「転職することになったんだ」

 オムライスをスプーンで掬いながら、紫織は最初にそう言った。

 美由紀に要らぬ心配をかけたくはない。
 だから、花マルの経営が厳しいことも今まで、黙っていた。


「えっ? 花マルは?」

「うん。廃業が決まったの」

「倒産!?」

 スプーンを持つ手を止めて、美由紀は零れそうなほど大きく目を見開いた。

「倒産じゃなくて廃業よ。誰にも迷惑をかけないで済むらしいんだ」

「……そうなの」


 紫織と美由紀が一緒に暮らし始めたのは五年前。

 美由紀がそれまで住んでいた部屋の更新時期と紫織が都内に戻ることになった時期が重なって、一緒に部屋を借りることになった。

 ふたりは大学の同級生で、その頃からずっと変わらない無二の親友だ。

「社長の話だとね、少しずつ計画していたみたい。引退した後は空気のいい田舎で、奥さまと第二の人生をのんびりと過ごすことにしたらしいの。病気をしたことでね、踏ん切りがついたって」

「そうか、じゃあ辛いだけじゃなくて、明るい別れだね」

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