どうにもならない社長の秘密
第二章 ばいばい花マル、よくできました 3
これでよかったのだ。
価格競争に胃を痛め、慣れないインターネットに苦労する社長を見るのはそれはそれで辛いものがあった。
社長は誰かにこの会社を引き継ぐつもりはないと言っていたし、となると社員のために無理をしているのではないか。
もしかしたら、それは。
社長が無理をする理由は、いつまでもどこにも行かずにしがみついている私のせいではないかと、紫織は密かに悩んでいたのである。
でも、社長の悩みも自分の悩みも、これで終わり。
この結果が良かったのか悪かったのかはわからないが、あとはもう新たな別の道をゆくだけだ。
ならば、明るく前を見よう。
紫織はそう思いながら大きく息を吸った。
「あ、そうそう紫織。 社長はちゃんと俺たちの事、考えてくれたぞ」
「え? どういうことですか?」
「知り合いの不動産に頼んで、ここの買い手を探しているらしいんだが、その時社長は条件をつけたらしい。
俺とお前を引き続き雇ってくれる会社であること。どうだ、泣かせるだろ?」
「――えぇ? もう、社長ったら」
森田社長という人は、そんな風に社員を家族のように心配する人なのだ。
優しい人だからと胸を熱くしながら、紫織は自分の父親を思い出した。
紫織の父も、優しい人である。ただ、経営者としての才能はなかったが。
そんなことを思い、そっと溜め息を漏らす。
「私も明日、お見舞いに行って来ますね」
「ああ、行って来い。喜んでくれるぞ」
夕方になり、まだ仕事をするという室井を置いて職場を出た紫織は、道々考え深げに辺りを見渡しながら歩いた。
――こことも、さよならね。
ここは東京都渋谷区。とはいってもこのあたりは外れのほうなので、あのおしゃれ感ただよう街とはちょっと違う。
大きなビルが立ち並んでばかりというわけではないし、どことなく下町風情が漂っている。
紫織はこの界隈の、ちょっとくたびれた雰囲気が好きだった。
彼女自身は東京生まれの東京育ちなので都会の雑踏が苦手ということはないが、いつの頃からか、違和感のようなものを感じるようになっていた。
お前はどうしてここにいるの? ここにはもうお前の居場所なんてないのにと言われているような、そんな気さえしたのである。
この都会で夢破れた両親は、母の実家のある京都に引っ越しをした。
紫織はひとり戻ってきたけれど、慣れ親しんだはずの都会は彼女に厳しかった。
受ける面接はどれも惨敗。
何度もここからはじき出されそうになり、それでも必死でもがいて足掻いて、ようやく『花マル商事』に就職が決まった時のうれしさは、いまも忘れることはない。
ここは挫けそうな紫織に手を差し伸べてくれた、優しい街だ。
でも、もうここともお別れである。
価格競争に胃を痛め、慣れないインターネットに苦労する社長を見るのはそれはそれで辛いものがあった。
社長は誰かにこの会社を引き継ぐつもりはないと言っていたし、となると社員のために無理をしているのではないか。
もしかしたら、それは。
社長が無理をする理由は、いつまでもどこにも行かずにしがみついている私のせいではないかと、紫織は密かに悩んでいたのである。
でも、社長の悩みも自分の悩みも、これで終わり。
この結果が良かったのか悪かったのかはわからないが、あとはもう新たな別の道をゆくだけだ。
ならば、明るく前を見よう。
紫織はそう思いながら大きく息を吸った。
「あ、そうそう紫織。 社長はちゃんと俺たちの事、考えてくれたぞ」
「え? どういうことですか?」
「知り合いの不動産に頼んで、ここの買い手を探しているらしいんだが、その時社長は条件をつけたらしい。
俺とお前を引き続き雇ってくれる会社であること。どうだ、泣かせるだろ?」
「――えぇ? もう、社長ったら」
森田社長という人は、そんな風に社員を家族のように心配する人なのだ。
優しい人だからと胸を熱くしながら、紫織は自分の父親を思い出した。
紫織の父も、優しい人である。ただ、経営者としての才能はなかったが。
そんなことを思い、そっと溜め息を漏らす。
「私も明日、お見舞いに行って来ますね」
「ああ、行って来い。喜んでくれるぞ」
夕方になり、まだ仕事をするという室井を置いて職場を出た紫織は、道々考え深げに辺りを見渡しながら歩いた。
――こことも、さよならね。
ここは東京都渋谷区。とはいってもこのあたりは外れのほうなので、あのおしゃれ感ただよう街とはちょっと違う。
大きなビルが立ち並んでばかりというわけではないし、どことなく下町風情が漂っている。
紫織はこの界隈の、ちょっとくたびれた雰囲気が好きだった。
彼女自身は東京生まれの東京育ちなので都会の雑踏が苦手ということはないが、いつの頃からか、違和感のようなものを感じるようになっていた。
お前はどうしてここにいるの? ここにはもうお前の居場所なんてないのにと言われているような、そんな気さえしたのである。
この都会で夢破れた両親は、母の実家のある京都に引っ越しをした。
紫織はひとり戻ってきたけれど、慣れ親しんだはずの都会は彼女に厳しかった。
受ける面接はどれも惨敗。
何度もここからはじき出されそうになり、それでも必死でもがいて足掻いて、ようやく『花マル商事』に就職が決まった時のうれしさは、いまも忘れることはない。
ここは挫けそうな紫織に手を差し伸べてくれた、優しい街だ。
でも、もうここともお別れである。
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