どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第一章 恋は幻想 5

 起きている時間のほとんどを、彼は仕事で費やしていると言ってもよかった。

 執務室に入ると、まずは警備員から受け取っていた新聞を読む。オンラインの契約もしているが、新聞は大きく広げて端からはじまで紙面に目を通すことが彼の習慣だった。
 世の中を知ること。それが基本だと彼は信じている。

 八時半過ぎ、扉がノックされる。

 顔を覗かせたのは彼の秘書、松井光琉まつい ひかる


「寝不足ですかぁ?」

 トレイにコーヒーを載せた光琉は、どこか間の抜けたような声で聞く。

「あぁ、ちょっとな」

「ダメですよぉ。夜遊びは週末にしないと」

「はいはい」

「午前中は、お客さまもないですしぃ、特に会議の予定もないですから、少しでも休んでくださいね?」

 心配そうに首をかしげた光琉は、少し口を尖らせてから執務室を出ていった。


 ひとりになると、早速コーヒーを口にした。

『私、美味しいコーヒーをいれるのが得意なんですよぉ』
 そう言っていた通り、相変わらず光琉のコーヒーは温度も味も絶妙に美味いと思う。喫茶コーナーにはこだわりの自動販売機のコーヒーもあるが、朝だけは光琉のいれてくれたこのコーヒーを飲まなければ、彼の一日はじまらない。

 それにしても、見るからに寝不足という顔をしているのはあまり褒められたことではないな。
 そう思いながら、ちらりと部屋の隅にある長椅子を見た。

 社長室の隅には背もたれのない長椅子が置いてある。椅子が足りない時のために置いたものだが、実際は仮眠に使うことのほうが多かった。

 昼休みにでも仮眠をとるかとため息をついた時、またノックの音がして返事をする前に扉が開いた。

 いきなり入ってきたのは副社長の荻野おぎの
 彼は都内にある別の事務所に席を置いているが、そう遠くではないこともあってちょこちょこと顔を出す。

「おはようー。宗一郎、お前昨夜いなかっただろ。企画書がようやく上がってきたから見てもらおうと思って行ったんだぞ」
 荻野は不満げに眉をひそめる。

「電話くれればよかったのに」

 そう言いながら企画書を受け取り、素早く目を通す。
 といっても、メールで送られてきていたものを既に見ているが。

「いいんじゃないのか? 乙女ゲームは俺にはさっぱりだ。まかせるよ」

「そんなこと言ってないでさあ、もう少し真面目に取り組めば、女の子の気持ちもわかるんじゃないのぉ? で、いまの彼女とはその後どうなんだ。昨夜はデートだったんだろう?」

「誰のことだ。俺には彼女なんかいないぞ」

「ええ? なんだ、まただめか。今回は三ヶ月続いたのに」

「うるせえな。ほっとけ」

 期間でいえば確かに三ヶ月だが、回数でいえば昨夜をいれても三回。
 三ヶ月と三回では随分印象が違うじゃないかと反論したが、口に出すのも面倒だった。

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