どうにもならない社長の秘密

白亜凛

第一章 恋は幻想 3

 マンションの駐車場に車をとめて、時計を見ると十一時になっていた。

 警備員がいるエントランスを潜ってエレベーターを昇ると、その三階に彼の部屋がある。

 彼が住んでいるのは職場から近くセキュリティがしっかりしているというだけの、ワンルームのマンションだ。
 億ションでもなければタワーマンションでもない。

 彼の社会的立場を考えれば、あまりに地味ともいえるだろう。


 狭い玄関を進み、入った部屋にあるのはパソコンが三台並んだデスク。
 その他は本棚とベッド。壁にかかっているのはカレンダーのみで、最低限度の家具と仕事に関する物しかない。

 それでも彼には、それで十分だった。



 明くる朝。
 目覚ましのベルが鳴った時、彼は既にパソコンに向って仕事をしていた。

 結局ほとんど寝ていない。

 帰ってすぐ始めた仕事に集中し過ぎたせいかなかなか寝付けなかったし、それでも寝ようとして暗いうちにはベッドに潜り込んだが、
ようやく眠りに着いた時には夢でうなされた。


『ごめんな。――俺は、俺は』

 じっとりとした嫌な汗にまみれて窓を見れば、白々と夜明けが近づいていた。

 時折同じ夢をみてうなされる。

 最近はその夢もあまり見ることはなくなっていたのに、何故また見たのか。
 その理由に心あたりがないわけじゃないが、彼は深く考えないことにした。

 それきり寝ることをあきらめて、仕事を始めたのである。

 技術は日進月歩、気を緩めればあっという間に取り残される。仕事はしようとさえ思えばすることはいくらでもあるのだ。
 夢中になれるものが仕事だけというのは寂しいような気もするが、それでものめり込めるものがあるだけ、彼にとっては幸せなのかもしれない。

 午前六時半二度目の目覚ましが鳴った。

 切りのいいところで手を止めた彼は、いつものようにバスルームに向かう。

 それは彼の習慣だった。
 シャワーを浴びれば寝不足で蜘蛛の巣がはりついたような頭の中も、いくらかはすっきりとする。

 それから彼は濡れた髪をタオルで乾かしながら小さなキッチンに向かって、冷蔵庫を開ける。

 冷蔵庫の中にあるものは決まっていて、通販で定期購入している缶ビールとミネラルウォーター。
 ミネラルウォーターは炭酸いりと炭酸なしの二種類。冷凍庫にはウイスキー用のロックアイスが入っている。

 迷わず取り出した炭酸なしのミネラルウォーターで喉を潤す。

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