異世界探偵、環境に死す~消えたハードボイルド~

Aser0ra

夢破れる音

自分の夢が破れる音を聞いたことがあるだろうか。

 僕はある。それはこの異世界にやって来てすぐだった。
常にハードボイルドな探偵であることを志している僕にとってこの世界は不条理でどこまでも理不尽きわまりない場所だ。

 単純な腕力や個人の力が平気で多を上回る。
最高位の冒険者にもなるとドラゴンを単騎でたおせるらしい。馬鹿だろと思う。

 僕も一度だけドラコンを見たことがあるが、あれは人間が太刀打ちできるような存在じゃない。空を飛び魔法を使う巨大生物を細い剣一本でどう戦えというのだ。ブリやマグロじゃないんだ。倒せるものか。

 そんな常識を外れた世界で、物語に出てくるようなハードボイルドな探偵でありつづけることは、地球人の僕にはとてもじゃないが不可能だった。
 
たとえ名推理で犯人を追い詰め捕まえようとも、魔法や剣の力で全ての盤面がひっくり返されてしまう。決定的な証拠をあつめてもこちらの力が下ならなんの意味もないのだ。

それならはじめからめんどうなことをせずに拳で解決すればいい。

 所詮僕がとりおさえることができるのは、ひったくりなどのごくごく一般的な犯罪者くらいなもの。
まぁ、それだって一歩間違えば殺されてしまうけどね。

 強さなんて見た目だけじゃ判断がつかない。僕のかわいい小さなお手伝いさんミミィだって自分の身の丈以上ある岩石を蹴りの一撃で吹き飛ばすんだぜ?小さな女の子より弱いハードボイルドな探偵とか失笑ものだよ。

 この世界の現在を認めさせられた時、僕は子供の頃からの夢がビリビリと破り捨てられる音が聞こえた。

 それでも、それでも僕は自分の夢を捨てることができなかった。逃げようとする度になぜか父の言葉が僕の頭の中で重く響きわたるのだ。『いつだってハードボイルドな探偵であれ』と。

 わかったよ父さん。諦めさせてくれないんだね。オーケー、ならば僕はこの茨の道を進んでいくよ。その先に何があろうともね。

 その結果、僕は探偵を続けていくために、ポリシーを曲げて苦渋の選択をしなければならなかった。それは依頼を選ばないことだ。不倫調査だろうが犬の捜索でもなんでもやって生きていく。

それが戦闘力のない僕に残された唯一の選択肢だった。



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 くそ忌々しいミランダから調査資料をひったくり僕は「カフェバースミル」を後にした。


 髪の毛がコーヒーでべちゃくちゃだったが、大切なスーツには汚れがない。こんなこともあろうかと一級の付与術式がスーツにはかけられている。

 探偵とはどんな不足の事態にも対応してみせるかれこそ探偵なのだ。髪の毛も近くの公衆トイレで洗ってハットを被ったから問題ない。

 それに悪いことばかりじゃなかった。

ハードボイルドな男には気の強い女がよく似合う。名前も聞けなかったが、あのコーヒー女だって言ってたじゃないか。ユニークで気に入ったって。

 僕のユニークさはハードボイルドなところだ。つまり、あのコーヒー女は僕の最大の長所に惹かれた乙女だ。いずれまた合間見えるときがくるだろう。

 その時は容赦しないが・・・・・

「やあマーロの旦那、今日も相変わらずきまってますね!」

 僕が中央公園に向かって歩いていると、横道の影からひょろひょろとした見るからに犯罪者風の男が話かけてきた。

「なんだヤニスか。どうしたんだそんなところで」

「へへへ、仕事中でして」

 ヤニスはキョロキョロと辺りを見回して横道から僕のいるメインストリートにでてきた。こう見えてもヤニスは気さくないいやつだ。

 彼はたまに僕がお世話になっている何でも屋みたいなもので、聞き込み調査で足がたりないときにはお願いしている。

「仕事中といえばこの前売ってた特別なアイスは売っていないのか?出来ればひとつ欲しいんだが」



「ちょ旦那勘弁してくださいよ!」


 ヤニスは慌てた様子で僕の袖を引っ張り路地裏の方へとつれていく。

「なにをそんな慌ててるんだ」

「そりや人通りのあるところでアイスの話なんかされたら困るからですよ」


 いったいそれのどこが困るのか僕にはさっぱりわからない。アイスなんて誰でもたべるだろうに。


「それよりも、あのアイスは今日ないのか?」


「あんな危ないもんからは、とっくに足を洗いましたよ。命がいくつあってもたりねぇや」


 アイスで命が足りないとは相変わらず面白いジョークを言うものだな。こういうコミカルなところも彼の良いところだ。

 だが、たしかにあのアイスの評判は抜群に良かった。僕はハードボイルドな探偵として甘いものは一切口にしないが、ヤニスが特別なアイスというから買って知り合いに渡してみたら大層よろこんでくれた。なんでも知る人ぞ知る名品みたいで、滅多に手に入らないらしい。


「そうか、是非ミミィにもあげてやりたかったのに残念だ」


「ミ、ミミィってあのホビット族の嬢ちゃんですかい?」


「ああ、ミミィにプレゼントであげようかなとおもってね」

「マーロの旦那は相変わらずぶっ飛んでますね」


ヤニスが呆れた表情をするが、別になにもおかしくはないだろ。むしろかわいいミミィみたな子供にこそ食べさせてあげるのが優しさだと思うが。

「前回渡した分はどうしたんです?」

「ああ、あれは知り合いのバンティス君に渡したら大いに喜んでいたよ。彼は相当な甘党だからすごいはしゃぎようだった」


「えええええええええええええええええ!?」


 僕が質問に答えただけで、ヤニスはへなへなと腰をおって座り込んでしまった。そのあまりにコミカルなリアクションに僕は思わず笑ってしまう。いつだって彼は僕を笑わせようと努力してくれる。

 甘党の人にはあの最高級のアイスを人に譲るなんて考えられない暴挙なのかもしれないが、生憎僕にはどうでもいいものだ。

「まぁ無いものは仕方ないから諦めるよ。もし手に入ったら教えてくれ。ミミィが待ってるから僕はそろそろ行くよ」


そういって裏道で座り込んだヤニスを置いて僕は中央公園に向かって歩きはじめた。








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 ヤニスは、やっぱりマーロの旦那はただ者じゃないと思った。どう凄いかというと三本くらいネジが外れてイカれてる。さっきだって人通りの多い道でアイスを譲ってくれと堂々といった。ヤバすぎる。


 最近ごくごく少数だけ裏で出回りはじめた新型の精神興奮剤、通称アイス。


依存性や利き目は従来の覚醒剤とは比べ物にならないらしく、警察やギャング達が血眼になって出所を探っている代物だ。

 俺は仲間ツテから偶然手に入れちまったけど、持ってるのすら恐ろしくてマーロの旦那に渡しちまった。

 そんな物をあんなに堂々と欲しがるなんて、どうかしてる。

一般人が聞けばアイスクリームと勘違いするかもしれないが、聞く人が聞けば一発でバレる。


 そんな常識を探偵の旦那が知らないハズがねぇ。

しかも旦那はアイスをミミィの譲ちゃんに振る舞うとか言ってたよな。

 人とは思えねぇ鬼畜さだ。あんなかわいい子供になんてことを・・俺だって裏の人間のはしくれだがそんなことはできねぇよ。

 だが何よりも最後に聞いたことに比べればかわいいもんだ。

俺なんか驚いて腰を抜かしてしまった。

よりにもよってアイスをあのバンティスに渡すなんて!

アルメール・バンティスだぞ!?麻薬捜査本部の狂犬じゃないか!

そんな所に持ち込んだとしたら警察は今頃蜂の巣をつついたような大騒ぎのはずだ。クレイジーにも程がある。

 流石、俺が尊敬してやまないスティング兄貴が唯一認めてる男だ。



 これは近々大事件が起こる。その時に備えて俺も準備するとしよう。

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