【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。
秘密の恋のたどる道 7
あと数分ほどで、他の支社や在宅勤務をしている上級職向けのリモートプレゼンが始まる。
会議室の中には、直接プレゼンを聞きに来た年配の役員たちが一定の間隔を取って座り、楽しそうに歓談していた。
あずみは手で顔を扇ぐ。そろそろ9月の下旬になるし、換気のために窓も開けているのに、なんだか暑い。
少し考えてから羽織っていた秋物のジャケットを脱ぎ、袖の短いカットソー姿になった。
その途端、複数の役員から、ちらりとこちらに流し目を送るような視線を感じて、げんなりしてしまう。
資料のコピーを取った時に創太郎が言っていた「いやらしい目線」というのは、どうやら冗談ではなかったらしい。
おそらくあずみ個人に対してどうこうというのではなく、女性が肌を出したことに対して反射的に反応してしまったのだと思うけれど、それでも気分は良くなかった。
側にいた創太郎が動き、ちょうど役員の視線を遮る位置に立った。
「このコンデンサーマイク、ちょっとテストしてもらってもいい?」
「はい。えーと…テストテスト。どうでしょう?」
「うん、聞こえる。問題なさそうだね」
彼が機材を準備した時にテストを怠るとは思えなかったので、これはきっと、気遣いだ。あずみは創太郎にありがとうの目配せをした。
ちゃんと仕事さえしていれば、社内恋愛はご法度ではないということを聞いてから、一か月ほどになる。
あの時病欠していた寺本さんは、8月末付けでチームから外れることになった。彼女が社内恋愛をしていて自ら吹聴しているという匿名の告発が複数、7月中にあったそうで、それから約一か月ほど、人事部から秘密裏に「仕事上の素行」を調査されていたらしい。
その結果、自分の仕事をおろそかにしていたことが明らかになった彼女は、部署の異動もやむなしとなり、今は営業部に配属されている。
あの日病欠したのは、異動の内示に抗議するためだったということを、あずみは噂で聞いていた。偶然にもあずみが寺本さんと上杉さん二人から追及を受けたのと同じ日に、内示があったということになる。結局抗議をしても、内示は覆らなかったのだけれど。
寺本さんは負けん気が強そうなので、その性格に合うものが見つかりさえすれば、すごく仕事の出来る人になりそうだとあずみは考えていた。彼女からは入社してすぐに不愉快な仕打ちは受けたものの、今回の異動が彼女の変われるきっかけになれば良いのに、と思わずにはいられない。
寺本さんの抜けた後にはまだ新しい人は入れず、とりあえず西尾さんがフルタイムの勤務になることで、少しの間カバーしていくことになった。
西尾さんがパートタイマーだったのは自宅でおじいさんの介護を手伝っていたからで、そのおじいさんが施設に入ることになったため、産休に入るまでの間は体調も気にしつつ、フルタイムに復帰することにしたのだそうだ。
そのあたりの事情を「子供が生まれたら、いろいろ物入りになるしねぇ。稼げるうちに稼がないと」と笑っていた西尾さんは、赤ちゃんが出来たことをきっかけに、新田統括部長と籍を入れることになった。
二人が結婚すれば本社ではおそらく初めての、社内で結婚したけれど女性が退職しなかった例となる。
上杉さんは寺本さんがいなくなった後、これまでよりも集中して仕事に取り組んでいる。相変わらずあずみには素っ気ないものの、その態度はだんだん軟化しつつあるようにあずみは感じていた。
「和玖君だっけか。君、綺麗な顔しとるなぁ。いわゆるイケメンってやつだな」
突然、役員の一人が言った。それに対して「恐縮です」と創太郎が苦笑して見せたのを、あずみはこっそりと見つめる。
(創太郎君の苦笑は、あまりお目にかかれないレアな表情なんだよね…)
「背も高いし、モテるだろう。彼女はいるのか?五人くらい」
五人くらい、という言葉にどっと笑いが起きた。
いまいち何が面白かったのかはよくわからなかったし、セクハラだとは思うけれど、楽しそうで何よりだとあずみは軽くため息をついた。
「彼女はいますけど、一人だけです」
創太郎が声色に柔らかさをにじませつつも、きっぱりと言う。その後に続く言葉を聞いて、あずみの肩がわずかに跳ねた。
「一刻も早く結婚したいです」
「お~、頼もしい。頑張りなさい」
「はい。ありがとうございます」
不意打ちを食らって、心臓がばくばくした。創太郎はそんなあずみの様子に気づいているのかいないのか、役員の軽口に笑顔で対応している。
あれから、あずみと彼の関係が公になったかと言えば、答えは否だった。特に言う必要はないし、このままの方が仕事がやりやすいという考えだ。
創太郎がこちらに向き直る。
「じゃあそろそろ、始めようか」
だからこの先、まだもう少しの間は。
二人の関係は、ヒミツのまま続いていく。
会議室の中には、直接プレゼンを聞きに来た年配の役員たちが一定の間隔を取って座り、楽しそうに歓談していた。
あずみは手で顔を扇ぐ。そろそろ9月の下旬になるし、換気のために窓も開けているのに、なんだか暑い。
少し考えてから羽織っていた秋物のジャケットを脱ぎ、袖の短いカットソー姿になった。
その途端、複数の役員から、ちらりとこちらに流し目を送るような視線を感じて、げんなりしてしまう。
資料のコピーを取った時に創太郎が言っていた「いやらしい目線」というのは、どうやら冗談ではなかったらしい。
おそらくあずみ個人に対してどうこうというのではなく、女性が肌を出したことに対して反射的に反応してしまったのだと思うけれど、それでも気分は良くなかった。
側にいた創太郎が動き、ちょうど役員の視線を遮る位置に立った。
「このコンデンサーマイク、ちょっとテストしてもらってもいい?」
「はい。えーと…テストテスト。どうでしょう?」
「うん、聞こえる。問題なさそうだね」
彼が機材を準備した時にテストを怠るとは思えなかったので、これはきっと、気遣いだ。あずみは創太郎にありがとうの目配せをした。
ちゃんと仕事さえしていれば、社内恋愛はご法度ではないということを聞いてから、一か月ほどになる。
あの時病欠していた寺本さんは、8月末付けでチームから外れることになった。彼女が社内恋愛をしていて自ら吹聴しているという匿名の告発が複数、7月中にあったそうで、それから約一か月ほど、人事部から秘密裏に「仕事上の素行」を調査されていたらしい。
その結果、自分の仕事をおろそかにしていたことが明らかになった彼女は、部署の異動もやむなしとなり、今は営業部に配属されている。
あの日病欠したのは、異動の内示に抗議するためだったということを、あずみは噂で聞いていた。偶然にもあずみが寺本さんと上杉さん二人から追及を受けたのと同じ日に、内示があったということになる。結局抗議をしても、内示は覆らなかったのだけれど。
寺本さんは負けん気が強そうなので、その性格に合うものが見つかりさえすれば、すごく仕事の出来る人になりそうだとあずみは考えていた。彼女からは入社してすぐに不愉快な仕打ちは受けたものの、今回の異動が彼女の変われるきっかけになれば良いのに、と思わずにはいられない。
寺本さんの抜けた後にはまだ新しい人は入れず、とりあえず西尾さんがフルタイムの勤務になることで、少しの間カバーしていくことになった。
西尾さんがパートタイマーだったのは自宅でおじいさんの介護を手伝っていたからで、そのおじいさんが施設に入ることになったため、産休に入るまでの間は体調も気にしつつ、フルタイムに復帰することにしたのだそうだ。
そのあたりの事情を「子供が生まれたら、いろいろ物入りになるしねぇ。稼げるうちに稼がないと」と笑っていた西尾さんは、赤ちゃんが出来たことをきっかけに、新田統括部長と籍を入れることになった。
二人が結婚すれば本社ではおそらく初めての、社内で結婚したけれど女性が退職しなかった例となる。
上杉さんは寺本さんがいなくなった後、これまでよりも集中して仕事に取り組んでいる。相変わらずあずみには素っ気ないものの、その態度はだんだん軟化しつつあるようにあずみは感じていた。
「和玖君だっけか。君、綺麗な顔しとるなぁ。いわゆるイケメンってやつだな」
突然、役員の一人が言った。それに対して「恐縮です」と創太郎が苦笑して見せたのを、あずみはこっそりと見つめる。
(創太郎君の苦笑は、あまりお目にかかれないレアな表情なんだよね…)
「背も高いし、モテるだろう。彼女はいるのか?五人くらい」
五人くらい、という言葉にどっと笑いが起きた。
いまいち何が面白かったのかはよくわからなかったし、セクハラだとは思うけれど、楽しそうで何よりだとあずみは軽くため息をついた。
「彼女はいますけど、一人だけです」
創太郎が声色に柔らかさをにじませつつも、きっぱりと言う。その後に続く言葉を聞いて、あずみの肩がわずかに跳ねた。
「一刻も早く結婚したいです」
「お~、頼もしい。頑張りなさい」
「はい。ありがとうございます」
不意打ちを食らって、心臓がばくばくした。創太郎はそんなあずみの様子に気づいているのかいないのか、役員の軽口に笑顔で対応している。
あれから、あずみと彼の関係が公になったかと言えば、答えは否だった。特に言う必要はないし、このままの方が仕事がやりやすいという考えだ。
創太郎がこちらに向き直る。
「じゃあそろそろ、始めようか」
だからこの先、まだもう少しの間は。
二人の関係は、ヒミツのまま続いていく。
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