【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。

梅川いろは

秘密の恋のたどる道 3

 彼が手を伸ばし、テーブルの上に置かれていたあずみの手に指を絡ませ、きゅっと握りこむ。

「篠原さんと付き合う前から、バレた時の保険をいろいろ考えてるって言ったけど、西尾さんのことだけじゃないんだ」

「え、そうなの?」

「…というか、俺が考えてるぜんぶを篠原さんが知ったら、重たすぎてもしかしたら俺のこと嫌いになるかもしれない」

 その瞳には車の中で垣間見た危うさが感じられて、またあずみは落ち着かなくなった。

「考えてることって、たとえばどんな?」

「引かれたら落ち込むから言いたくないんだけどね」

「引きはしないと思うけど」

 あずみがむきになると、少し間があってから、創太郎が微かに笑う。

「…これからも何不自由なく篠原さんと一緒に暮らすためなら、自分たちと一部の大切な人以外は、どうなったってもいいって思う時もある。会社とか」

「うん…」

 彼はいつもよりも饒舌だった。

「中学校の時に母親に別れさせられた時の、どうしようもない無力感をいまだに思い出すことがあって。フラッシュバックっていうのかな。篠原さんが近くにいないときとか、夜別々に寝るときとか」

 彼がそんな状態だったなんて知らなかった。自分の事ばかりで気づけていなかったことが情けなくなる。

 おばあさんが言っていた『あの子には肉親では満たせない部分がある』というのはこのことかもしれない。

「…いっそここを出て、二人で東京に行って暮らそうとかも考えたりするよ。そのために、篠原さんが拒もうとしても強引にして、力ずくで妊娠させたらいいんじゃないかとか。今の仕事を辞めても、それなりの暮らしが出来る金はあるし」

 彼はそう言って、あずみの目を見た。

「それはもうしないけど」

「…うん」

 頷き返すと、創太郎はテーブルに置かれていた酔い覚ましの水を飲んだ。グラスの氷がからりと渇いた音を立てる。

 かたちのいい喉ぼとけが上下するのを、あずみは見つめていた。

 そのまま沈黙の時間が続いた後、創太郎は握っていたあずみの手をゆっくりと放した。

「俺、やることがあるから部屋に行くね。申し訳ないけど、片付けお願いしてもいいかな」

「あ…うん。ごはん用意してくれてありがとう、ごちそうさま。美味しかった」

 創太郎は返事がわりに口の端をゆるく上げて笑い、ダイニングを出ていった。

 ぽつんと取り残されたあずみは、創太郎に言われた言葉についてぼんやりと考える。

『保険はいろいろ考えてる』

 付き合っていることがばれてしまった時の対策を、西尾さんに相談する以外にも考えているということなのはわかる。

 ただそれがどんなものなのかは、あずみが社歴が浅くて会社の動向をつかみきれていないせいなのか、それとも発想力が乏しいせいなのかはわからないけれど、何も想像できなかった。

 なんにせよ、任せて欲しいとは言われたけどあまり無理はしてほしくない。



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