【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。
秘密の恋のたどる道 2
シャワーを浴びて髪を乾かした後、低めの位置にポニーテールでまとめる。
自室に戻り、ため息をついて窓の外を見ると、太陽が空を茜色に染めていた。
山から吹く風がかすかに入ってきて、汗をかいたうなじに心地いい。この家にはいつも、いい風が入ってくる。
今、彼はシャワーに入っているようだった。
この後夕食でまた顔を合わせることを考えると、あずみはソワソワと落ち着かない気分になってしまう。
彼のことは好きだし、そういうことをするのは全然嫌じゃない。
嫌じゃないけれど、さっきは少し怖かった。
それは車で帰ってくる時に感じた、彼が別の人に見えた時の感覚に似ていた。
それでも一緒に住んでいるのだし、ケンカをしたわけでもないので、顔を合わせなければならない。
好きな相手と一緒に住むというのはとても楽しいけれど、それだけでなはくて、こんな複雑な気持ちになることもあるんだなと感じる。
でも、可能な限り彼のことを理解したい。寄り添いたい。守りたい。
太陽がじわじわと沈み、山の稜線を茜色に照らす輪郭を残して消えるまでをぼうっと見届けた後、あずみは台所へ向かった。
そっとダイニングを覗くと、創太郎が夕食を作ってくれていた。彼もシャワーを浴びて着替えたらしい。
胸ポケットつきの大きめの白Tシャツに、アンクル丈の黒いパンツ姿の彼は、ラフな格好ながらスタイルの良さと顔の小ささも相まって、メンズモデルの人みたい、とあずみは改めて思った。
昭和の空気感のあるタイル張りのキッチンに立つと一見場違いに見えるけれど、これはこれでありだなぁ、と自分でも謎に納得した。
こんな暢気なことがふわっと頭に浮かぶのは、今日の会社での一件を考えないようにしているせいだと自分でもわかっている。一皮むけば、あずみの心のうちは「会社…ご法度…バレて…どうしよう」が8割、「さっき拒んだの、やっぱり気まずいかも…」が1割で、かろうじて残った1割でなんとか平静を装っている状態だった。
彼は集中しているのか、あずみの視線には気がつかず、サラダにするらしいトマトをカットしていた。
…話しかけにくい。
途中で思いとどまってくれたので怒りの感情はないけれど、恥ずかしい気持ちはいまだ残っている。
それでもあずみは思い切ってダイニングに入り、彼に声をかけた。
「何か、手伝う?」
彼は手を止めてちらりとあずみを振り返った。その顔はいつもの彼そのもので、車の中や先ほどリビングで見せた危うさは微塵も感じられなかった。
「いいよ。テレビでも見て待ってて」
「はい…」
さっきのことを気にしているのは自分だけらしい。
リビングに続くドアノブに手をかけたところで、創太郎があずみを呼び止めた。
「あ、やっぱり待って」
どきりとしながら振りかえる。真剣な表情で創太郎が言った。
「さっきは、ごめん」
「…ううん、だいじょうぶだよ。でも、」
言いながら恥ずかしさがこみ上げる。今はすっぴんなので、顔の赤さは隠せない。
「次からは、必ずつけて欲しいです」
あずみがそれだけ言うと、創太郎が近づいてきてぎゅうっと抱きしめられた。あずみの使っているものとは違うシャンプーの香りがして、そのまま耳元に低い声で囁かれる。
「…あまりにも可愛いから今からでもつけないでしたい、正直なところは」
甘い雰囲気に流されそうになったけれど、心の内の8割を占める例の一件がふいに思い出された。
「もう、何言ってるの、ダメだよ。この後いろいろ話し合わないと。会社のこととか…」
一度本格的に思い出すと後ろ向きな考えがどんどん頭に浮かぶ。
転勤があるとすれば、きっと自分だ。そうなっても、退職はするつもりがないけれど。
でももし噂が伝わって、転勤先で周りの目が冷たくなったら、職場の人間関係も重視したいあずみとしては正直自信がない。
考えると、ため息が出た。
「うん。話そう。でもその前にごはん食べたほうがいいよ。空腹になると良くない想像ばかりになるから」
そう言って彼が食卓に用意したのはルッコラとトマトのサラダ、ローストビーフ、海老と夏野菜がたっぷり入ったクリームパスタだった。
「美味しそう…ありがとう、用意してくれて」
「時間がなかったから、メインのローストビーフはお中元を冷凍しといたやつ。パスタソースもそう。あと、ワインが冷えてます」
おばあさん宛てにお中元がいろいろ届いて、電話をした彼が「全部二人で食べちゃって。送り主のリストだけちょうだい」と言われていたのは知っていた。
「創太郎君の隠し財産だね」
ここへ来たばかりのころ、彼が緊張していたあずみを励ますために、フリーズドライのお味噌汁をくれたのを思い出した。
いただきますの声は二人とも元気がなかった。
サラダにかかっているドレッシングは創太郎の手作りらしい。しょうゆベースにオリーブオイルと黒酢、たまねぎ、それにほんの少しにんにくの風味が効いていてとても美味しく、ワインにもよく合う。
ローストビーフは一見赤身が多いけれど、口に入れると和牛の甘い脂の風味が口いっぱいに広がって、とろけるような舌ざわりだった。
クリームパスタも、とても美味しい。
創太郎はあずみが来るまで、パスタを茹でてソースをかける以外の料理はそんなにしていなかったと言っていたけれど、センスはすごくありそうだ。
彼の言うとおりで、少し食べ進めるとだんだんと気持ちが前向きになってくる。昼にお弁当を食べた時と一緒だ。
創太郎があずみのグラスにワインを注いでくれた後、ぽつりと言った。
「会社のこと、俺に任せてくれないかな」
自室に戻り、ため息をついて窓の外を見ると、太陽が空を茜色に染めていた。
山から吹く風がかすかに入ってきて、汗をかいたうなじに心地いい。この家にはいつも、いい風が入ってくる。
今、彼はシャワーに入っているようだった。
この後夕食でまた顔を合わせることを考えると、あずみはソワソワと落ち着かない気分になってしまう。
彼のことは好きだし、そういうことをするのは全然嫌じゃない。
嫌じゃないけれど、さっきは少し怖かった。
それは車で帰ってくる時に感じた、彼が別の人に見えた時の感覚に似ていた。
それでも一緒に住んでいるのだし、ケンカをしたわけでもないので、顔を合わせなければならない。
好きな相手と一緒に住むというのはとても楽しいけれど、それだけでなはくて、こんな複雑な気持ちになることもあるんだなと感じる。
でも、可能な限り彼のことを理解したい。寄り添いたい。守りたい。
太陽がじわじわと沈み、山の稜線を茜色に照らす輪郭を残して消えるまでをぼうっと見届けた後、あずみは台所へ向かった。
そっとダイニングを覗くと、創太郎が夕食を作ってくれていた。彼もシャワーを浴びて着替えたらしい。
胸ポケットつきの大きめの白Tシャツに、アンクル丈の黒いパンツ姿の彼は、ラフな格好ながらスタイルの良さと顔の小ささも相まって、メンズモデルの人みたい、とあずみは改めて思った。
昭和の空気感のあるタイル張りのキッチンに立つと一見場違いに見えるけれど、これはこれでありだなぁ、と自分でも謎に納得した。
こんな暢気なことがふわっと頭に浮かぶのは、今日の会社での一件を考えないようにしているせいだと自分でもわかっている。一皮むけば、あずみの心のうちは「会社…ご法度…バレて…どうしよう」が8割、「さっき拒んだの、やっぱり気まずいかも…」が1割で、かろうじて残った1割でなんとか平静を装っている状態だった。
彼は集中しているのか、あずみの視線には気がつかず、サラダにするらしいトマトをカットしていた。
…話しかけにくい。
途中で思いとどまってくれたので怒りの感情はないけれど、恥ずかしい気持ちはいまだ残っている。
それでもあずみは思い切ってダイニングに入り、彼に声をかけた。
「何か、手伝う?」
彼は手を止めてちらりとあずみを振り返った。その顔はいつもの彼そのもので、車の中や先ほどリビングで見せた危うさは微塵も感じられなかった。
「いいよ。テレビでも見て待ってて」
「はい…」
さっきのことを気にしているのは自分だけらしい。
リビングに続くドアノブに手をかけたところで、創太郎があずみを呼び止めた。
「あ、やっぱり待って」
どきりとしながら振りかえる。真剣な表情で創太郎が言った。
「さっきは、ごめん」
「…ううん、だいじょうぶだよ。でも、」
言いながら恥ずかしさがこみ上げる。今はすっぴんなので、顔の赤さは隠せない。
「次からは、必ずつけて欲しいです」
あずみがそれだけ言うと、創太郎が近づいてきてぎゅうっと抱きしめられた。あずみの使っているものとは違うシャンプーの香りがして、そのまま耳元に低い声で囁かれる。
「…あまりにも可愛いから今からでもつけないでしたい、正直なところは」
甘い雰囲気に流されそうになったけれど、心の内の8割を占める例の一件がふいに思い出された。
「もう、何言ってるの、ダメだよ。この後いろいろ話し合わないと。会社のこととか…」
一度本格的に思い出すと後ろ向きな考えがどんどん頭に浮かぶ。
転勤があるとすれば、きっと自分だ。そうなっても、退職はするつもりがないけれど。
でももし噂が伝わって、転勤先で周りの目が冷たくなったら、職場の人間関係も重視したいあずみとしては正直自信がない。
考えると、ため息が出た。
「うん。話そう。でもその前にごはん食べたほうがいいよ。空腹になると良くない想像ばかりになるから」
そう言って彼が食卓に用意したのはルッコラとトマトのサラダ、ローストビーフ、海老と夏野菜がたっぷり入ったクリームパスタだった。
「美味しそう…ありがとう、用意してくれて」
「時間がなかったから、メインのローストビーフはお中元を冷凍しといたやつ。パスタソースもそう。あと、ワインが冷えてます」
おばあさん宛てにお中元がいろいろ届いて、電話をした彼が「全部二人で食べちゃって。送り主のリストだけちょうだい」と言われていたのは知っていた。
「創太郎君の隠し財産だね」
ここへ来たばかりのころ、彼が緊張していたあずみを励ますために、フリーズドライのお味噌汁をくれたのを思い出した。
いただきますの声は二人とも元気がなかった。
サラダにかかっているドレッシングは創太郎の手作りらしい。しょうゆベースにオリーブオイルと黒酢、たまねぎ、それにほんの少しにんにくの風味が効いていてとても美味しく、ワインにもよく合う。
ローストビーフは一見赤身が多いけれど、口に入れると和牛の甘い脂の風味が口いっぱいに広がって、とろけるような舌ざわりだった。
クリームパスタも、とても美味しい。
創太郎はあずみが来るまで、パスタを茹でてソースをかける以外の料理はそんなにしていなかったと言っていたけれど、センスはすごくありそうだ。
彼の言うとおりで、少し食べ進めるとだんだんと気持ちが前向きになってくる。昼にお弁当を食べた時と一緒だ。
創太郎があずみのグラスにワインを注いでくれた後、ぽつりと言った。
「会社のこと、俺に任せてくれないかな」
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