【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。

梅川いろは

これからのこと、託されたもの 8

 この男は仕事は出来るようだが外見がまったく好みではなかったので、気やすい友達のように接しながら、告白まではしてこない程度のほのかな恋愛感情を梨央に抱くように仕向けてきた。

 メッセージアプリのIDは交換したけれど、あまり勘違いされても面倒なのでこれまで積極的にやりとりはしないようにしてきたのに、いったい何の用件だろう。

 今彼氏はいるのかとか、一緒に今度食事に行こうとかそういうお決まりの流れだろうか?

 そう推測すると、少しは気分が晴れた。

 そうそう、こういう感じ。

 口元が緩む。

 男なんてやっぱり簡単だ。可愛い子が可愛い素振りをしておけばこうやって食いついてくるんだから。

 つれない内容のリプライを送って自尊心を満たす足しにでもしようと、メッセージをタップする。

『聞きたいことがあるんだけどさ』

『寺ちゃんのチームに新しく篠原さんって入ってきたでしょ?寺ちゃんのことだからすぐ仲良くなったと思うけど』

『その子、彼氏とかいそうな感じ?』

 一瞬胸が詰まったようになって、息が出来なかった。

(はぁ?篠原?)

 篠原あずみの交際相手の有無について会社の男たちから聞かれるのは、実はこれが初めてではない。

 そしてそれこそが梨央を不機嫌にしているもう一つの原因だった。

 あの女の登場によって、会社での梨央の立ち位置が揺らいでいる気がする。

 今まで梨央はあの会社の中で一番きれいで可愛らしく、だけど中身は意外と男っぽいところもあり、それに何より真面目で仕事熱心な、みんなに愛されるキャラクターだったのに。

 そうあることが出来るよう、梨央は自分がやるまでもないつまらない仕事はパートに回して、頻繁に席を立っては他部署の社員たちと交流してきた。
だから、自分は努力の人だ。それなのに、最近は皆が篠原あずみに注目している。

 読書が好きだかなんだか知らないが、篠原あずみはそれをネタに上の年齢の人たちに取り入っているようだった。

 彼女が創太郎と話している時の様子も気に食わない。

 さりげなくはにかんだり恥じらったりして、可愛い自分を演出しているのだ。そういうの、同性には丸わかりですよー、と教えたいくらいのわかりやすさだった。

 梨央が送った牽制のメッセージに何も返信してこなかったような女なので、本性はしたたかで生意気なはずなのに、そこはうまく隠しているように見える。

 そして、篠原あずみと話す彼の表情がどことなく穏やかに見えるのもこの上なく梨央を嫌な気持ちにさせた。
 
 ため息をつき、リプライの内容を考える。

『お疲れ様です!篠原さん、良い子だと思うんですけど、今は私たち女子よりうちのリーダーと話す方が多くて、正直まだ仲良くなれてないんです…。近々女子会でもして親交深めますねー』と返し、『ではでは』と話を締めくくるスタンプを添えた。

 こう返せば、篠原あずみは同僚の女性よりもイケメンと仲良くしようとする女だというイメージを持たせることが出来るだろう。

 話をすぐに終わらせたのは単に面倒だからだが、先輩は『いくらビッチとはいえ同僚の悪口を言いたくないから話を濁した性格の良い女』という印象を梨央に持つはずだ。

 少しは溜飲が下がったので、再度美容のアプリを開く。するとまたメッセージが届いた。せっかくの休日に今度はなんだ、といらいらする。

 差出人は同じチームの上杉だった。隣の席だから話す機会が多いが、猜疑心さいぎしんが強く他人の悪口や不幸の話が大好きで、自分は仕事が出来ると思い込んでいる痛い人間だ。

 トーク画面を開くと、画像も送られてきた。

『お疲れ様。いまデパートの駐車場にいるんだけど…これ、和玖君と篠原さん』

 メッセージ画面を見た瞬間、なぜだか、背中に嫌な汗が流れた。

 画像は暗く、サムネイルではわからなかったのでタップして見る。

 どこかの立体駐車場のようなところで、一緒に歩いている若い男女の画像だった。背格好は確かにあの二人に見える。肝心の顔がよく見えなかったので拡大した。慌てて撮ったのか画像が荒く、いまいちはっきりしない。

「無能か。ピントが合ってないんだよ」

(あいつ、いつの間に彼と)

 画像では判別がつかなかったが、いくら無能の上杉でもあの二人を見間違えることはないだろうと梨央は結論づけた。

 どう行動するのが良いのかは既にわかっている。

 社内恋愛はご法度で、ばれたら転勤。

 くだらないとしか思っていなかった勤め先の慣習が、今回は味方をしてくれそうだった。




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