【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。
社内恋愛がご法度というのは、いまどき人権問題だと思うのですが 3
チーム内というと、数人の前だけで挨拶すれば良いということか。そう考えると少しだけ緊張がほぐれた気がする。
「和玖君はどこの部署なの?」
「同じ商品部だよ」
「商品部って言ってもたくさんグループとか、チームがあるでしょ」
聞いたのはこれが初めてではない。そのたびに彼はこんな風にはぐらかすのだった。
「まぁ行ったらわかるよ」
「もう。また教えてくれない」
3月生まれのあずみより一足先に25歳になった彼はちょっと意地悪というか、こちらが聞きたい肝心な部分を教えてくれないことがある。
「怒らないで。俺の隠し財産あげるから」
そういって差し出されたのは、フリーズドライのお味噌汁だった。パッケージには『揚げなすと豆腐の合わせ味噌』と書いてある。
「あ、ありがとう。いいの」
これなら食欲がなくても食べられるかもしれない。彼の優しさに心が温かくなった。
「遠慮しないで。さて、俺もそろそろシャワー浴びて着替えないと」
そう言って彼は席を立った。
「ゴメン、俺の分の朝食、今日は食べる時間なさそうだから冷やしておいてもらえるかな。夜に必ずいただくから」
「あ、うん、わかった。食べたら私先に行くね」
ダイニングを出ていこうとした創太郎が、踵を返してあずみのところに来る。どうしたんだろうと思っているうちに彼の体が近づいて、唇が重なった。
「ん…」
軽く触れるだけのキスを数回して、それだけで真っ赤になったあずみを見た彼はゆるく笑うと、何事もなかったかのようにダイニングを出ていった。
「もう…恥ずかしいよ…」
冷静になるまでに数分も時間がかかってしまった。
それにしても、朝食は可能な限り絶対食べておきたい派のあずみとしては、アイスコーヒーだけで朝を済ませた彼が心配になる。
でもそれも個人の習慣だし、自分の考えを押し付けるのはやめておこうと考えた。かくいうあずみ自身も、食べ過ぎるとその後のパフォーマンスが下がるたちだ。
創太郎がくれたフリーズドライのお味噌汁はすごく美味しくて、胃が温まったせいか少し食欲が出てきた。
パンとサラダを牛乳たっぷりのアイスコーヒーと一緒に食べた後、残っていたサラダをハムと一緒にからしマヨネーズを塗ったパンにはさみ、サンドイッチにした。ラップでくるんで、保冷剤と一緒にランチバッグに入れる。
食器を洗い、歯を磨いて再度身だしなみを確認すると、あずみは足早に家を出た。
玄関を出て数分のバス停に着き、ほぼ定刻どおりに来た市営バスに乗り込む。乗客は高齢の人が多いのかと思っていたら、天気のせいもあるのか大半は高校生のようだった。
吊革につかまって車窓から見える景色をながめながら、昨日彼に言われた『社内恋愛はご法度』について考える。
キャリア採用で入社した社員が、既に社員と付き合っていたというのはなんとなく体裁が悪いと思っていたので、あずみとしても二人の関係はしばらく誰にも知られないようにするつもりだった。
お互い独身で何も悪いことはしていないけれど、そうは捉えてくれない人が世の中に多いこともわかっていたからだ。
それが、本当に秘密にしなければ転勤だなんて。
胸中にもやもやした気持ちを抱えながら駅に着いて、そこから電車に乗り換えた。
3つ駅を過ぎると、窓からロゴが入ったヤマノ化成の大きなプラントと社屋が見えてくる。電車を降りたのはあずみの他に数人ほどだった。
緊張しながらまずは総務に行くと、黒ぶちメガネの可愛いらしい女性がIDカードをくれて、商品部のオフィスまで案内してくれた。
「…篠原さんが一番乗りみたいですね」
その言葉の通り、オフィス内はがらんとしていて誰もいない。時計を見ると、8時15分を回ったところだった。清掃会社の女性が掃除機をかける高い音が通路から聞こえてくる。
どうやら、早く着きすぎたらしい。
「篠原さんの座席はここです。せっかくなのでPCを立ち上げていただいて、ログインとタイムカードの説明しちゃいますね」
総務の山地さんはやや声が小さく淡々と話す上に、マスクもしているので声が聞き取りづらかった。けれど説明は的確で、時おり冗談も交えて教えてくれるのですぐに親しみが持てた。
「コピー機はIDカードをかざさないと起動しないタイプです。うちの会社も環境保全の観点からペーパーレス化に取り組んでいるので、プリントアウトとかコピーは最小限にお願いします。会議の資料は支給されるタブレットで閲覧します」
コピーにIDが必要なのは前の会社も同じだった。タブレットが普及してからいろいろな常識が変わりつつあると、改めて感じる。
わからないことがあったら何でも聞いてくださいね、と去って行った山地さんを見送り、一人でぽつんと席に座っているとだんだん人が増えてきた。
「和玖君はどこの部署なの?」
「同じ商品部だよ」
「商品部って言ってもたくさんグループとか、チームがあるでしょ」
聞いたのはこれが初めてではない。そのたびに彼はこんな風にはぐらかすのだった。
「まぁ行ったらわかるよ」
「もう。また教えてくれない」
3月生まれのあずみより一足先に25歳になった彼はちょっと意地悪というか、こちらが聞きたい肝心な部分を教えてくれないことがある。
「怒らないで。俺の隠し財産あげるから」
そういって差し出されたのは、フリーズドライのお味噌汁だった。パッケージには『揚げなすと豆腐の合わせ味噌』と書いてある。
「あ、ありがとう。いいの」
これなら食欲がなくても食べられるかもしれない。彼の優しさに心が温かくなった。
「遠慮しないで。さて、俺もそろそろシャワー浴びて着替えないと」
そう言って彼は席を立った。
「ゴメン、俺の分の朝食、今日は食べる時間なさそうだから冷やしておいてもらえるかな。夜に必ずいただくから」
「あ、うん、わかった。食べたら私先に行くね」
ダイニングを出ていこうとした創太郎が、踵を返してあずみのところに来る。どうしたんだろうと思っているうちに彼の体が近づいて、唇が重なった。
「ん…」
軽く触れるだけのキスを数回して、それだけで真っ赤になったあずみを見た彼はゆるく笑うと、何事もなかったかのようにダイニングを出ていった。
「もう…恥ずかしいよ…」
冷静になるまでに数分も時間がかかってしまった。
それにしても、朝食は可能な限り絶対食べておきたい派のあずみとしては、アイスコーヒーだけで朝を済ませた彼が心配になる。
でもそれも個人の習慣だし、自分の考えを押し付けるのはやめておこうと考えた。かくいうあずみ自身も、食べ過ぎるとその後のパフォーマンスが下がるたちだ。
創太郎がくれたフリーズドライのお味噌汁はすごく美味しくて、胃が温まったせいか少し食欲が出てきた。
パンとサラダを牛乳たっぷりのアイスコーヒーと一緒に食べた後、残っていたサラダをハムと一緒にからしマヨネーズを塗ったパンにはさみ、サンドイッチにした。ラップでくるんで、保冷剤と一緒にランチバッグに入れる。
食器を洗い、歯を磨いて再度身だしなみを確認すると、あずみは足早に家を出た。
玄関を出て数分のバス停に着き、ほぼ定刻どおりに来た市営バスに乗り込む。乗客は高齢の人が多いのかと思っていたら、天気のせいもあるのか大半は高校生のようだった。
吊革につかまって車窓から見える景色をながめながら、昨日彼に言われた『社内恋愛はご法度』について考える。
キャリア採用で入社した社員が、既に社員と付き合っていたというのはなんとなく体裁が悪いと思っていたので、あずみとしても二人の関係はしばらく誰にも知られないようにするつもりだった。
お互い独身で何も悪いことはしていないけれど、そうは捉えてくれない人が世の中に多いこともわかっていたからだ。
それが、本当に秘密にしなければ転勤だなんて。
胸中にもやもやした気持ちを抱えながら駅に着いて、そこから電車に乗り換えた。
3つ駅を過ぎると、窓からロゴが入ったヤマノ化成の大きなプラントと社屋が見えてくる。電車を降りたのはあずみの他に数人ほどだった。
緊張しながらまずは総務に行くと、黒ぶちメガネの可愛いらしい女性がIDカードをくれて、商品部のオフィスまで案内してくれた。
「…篠原さんが一番乗りみたいですね」
その言葉の通り、オフィス内はがらんとしていて誰もいない。時計を見ると、8時15分を回ったところだった。清掃会社の女性が掃除機をかける高い音が通路から聞こえてくる。
どうやら、早く着きすぎたらしい。
「篠原さんの座席はここです。せっかくなのでPCを立ち上げていただいて、ログインとタイムカードの説明しちゃいますね」
総務の山地さんはやや声が小さく淡々と話す上に、マスクもしているので声が聞き取りづらかった。けれど説明は的確で、時おり冗談も交えて教えてくれるのですぐに親しみが持てた。
「コピー機はIDカードをかざさないと起動しないタイプです。うちの会社も環境保全の観点からペーパーレス化に取り組んでいるので、プリントアウトとかコピーは最小限にお願いします。会議の資料は支給されるタブレットで閲覧します」
コピーにIDが必要なのは前の会社も同じだった。タブレットが普及してからいろいろな常識が変わりつつあると、改めて感じる。
わからないことがあったら何でも聞いてくださいね、と去って行った山地さんを見送り、一人でぽつんと席に座っているとだんだん人が増えてきた。
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