【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。

梅川いろは

奇跡と奇跡の起こる家 6

「前に来た時にひと通り家の中は見たと思うけど、もう一回見ておく?古い家だから、慣れてないと間取りがわかりにくいでしょ」

「あ…うん、じゃあ、お願いしようかな」

 10年ぶりの再会についての言葉がないまま彼は立ち上がり、あずみも腰を上げようとして、足に力が入らずにふらついた。

「…っ」

 短時間の正座だったのに、思いのほか足がしびれてしまったらしい。

「大丈夫?」

 彼のしなやかな手が、あずみの目の前に差し出される。

「ありがとう」

 そう言って手を借り、顔を上げると、彼と間近まじかで視線がからみ合った。

 彼の瞳には何かの感情があるように見えた。それが何なのかを確かめたくて、じっと見つめているうちに体が離れる。

 一瞬近づいたように思えた二人の間の空気は、またさっきと同じに戻っていた。

 

 家を案内してくれている彼の言葉が上すべりせず、きちんと耳に届くのは、無理やり気持ちを仕事モードに切り替えたからだ。

 彼があずみを振り返りながら言う。

「じゃあ、リビングから…」

 玄関から入って右手に行くとリビングがある。ここは洋間になっていて、無垢むく素材のフローリング敷きだった。ソファとローテーブル、つるりとした白いはちに入ったオリーブの木、薄型のテレビがあるだけのシンプルな空間だったけれど、ペンダントライトがっていて、まるでスウェーデン発祥の某家具店にディスプレイされているみたいな、モダンな空間に仕上がっている。

 リビングはキッチンとダイニングにつながっていて、入ってすぐに4人掛けのダイニングテーブルがある。右奥がキッチンだった。

 前回見た時に印象的だった、壁の青いタイル。目地めじに汚れは一切なく、よく手入れされているのが伝わる。

 あずみはタイルのある家に住んだことがなかったので、後で手入れの仕方を聞いておかなければと思う。

「おばあちゃんの歳のこともあって、リフォームをした時にコンロはIHヒーターに換えたんだけど、炊飯器はわざわざプロパンガスを運んでもらって、それで炊いてるんだ。電気炊飯器と味が格段に違うから、これだけは譲れないって言われて」

 黒い取手がちょこんとついた円筒型の炊飯器は、昭和の時代を舞台にした映画やドラマでよく見るような、白地にバラの絵が描いてあるかわいらしいものだった。

 キッチンは前回来たときにも見せてもらったけれど、遠慮して細部まではじっくり見ていなかったので、改めて見ると感動する。思わずおお…と声が漏れてしまい、彼に少し笑われた。

 換気扇の横の吊り棚にはホーロー製の鍋が大小いくつかあって、とても可愛らしい。

「フライパンは全部鉄製だから、使う前後はちょっとめんどくさいけど」

 キッチンを正面にして右横には縁側があって、小さな菜園が見えた。

「ちょっとした野菜とかバジルなんかのハーブはおばあちゃんが育ててたのがあるから、必要になったらそこのき出し窓から出て、好きに使ってね」

 ダイニングのふすまで仕切られたすぐ左横は仏間で、あずみは彼に申し出てお仏壇にお線香をあげさせてもらった。

 仏間から出て廊下を横切った先が洗面所兼脱衣所、入って右手に浴室。かわいらしい白のタイルはもちろん健在だった。廊下に戻り、奥へ進むと主寝室があるらしい。

「ここはおばあちゃんが使ってたけど、今は俺の部屋です」

 仏間に戻り、襖で仕切られたのを開けると、8畳のなか、中の間の襖を開けると同じく8畳の座敷があって、人が集まる時には16畳の大広間おおひろまとして使えるようになっている。

「まぁ今は人が集まることはほぼないけど」

 中の間と座敷はラタンのチェアセットのある縁側に隣接していて、左に行くと玄関、右に行くと奥座敷に続いている。今時期のような暖かいときには掃き出し窓をすべて開け放ったままにするらしい。

 ラタンの椅子とコーヒーテーブルがあって、外を眺(なが)めながらゆっくりお茶が飲めそうだった。

 廊下の突き当りを右に曲がって進むと、トイレがある。

「だいたいわかったかな」

「間取り図がないと位置関係はまだふわっとしかわからないけど、廊下につながる場所さえわかればなんとか迷わずに済みそう、かな?」

「間取り図で見ると田んぼの田の字に似てるね。外周が廊下で、右の縦線の外側にキッチン、ダイニングとリビングがあって、下の横線は縁側兼廊下、上の横線と左の縦線は廊下」

 頭の回転の速い彼らしく、つらつらと言葉が出てくる。あずみは必死に頭の中でそれを反芻したけれど、うまく像が結べなかった。

「じゃあ、篠原さんの部屋に行こうか」





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