【書籍化】勤め先は社内恋愛がご法度ですが、再会した彼(上司)とまったり古民家ぐらしを始めます。
奇跡と奇跡の起こる家 5
通されたのは、前回来たときも案内された応接間だった。どうぞ、と座布団をすすめられてとりあえず正座をし、少しでも落ち着くためにゆっくりと部屋の中を見渡す。
あの時は和室の雰囲気にも映える真っ白いトルコキキョウが活けてあるのが印象的だったけれど、花器は片付けられたのかなくなっている。
薄っすらと汗をかいた麦茶のグラスが差し出された。
ありがとうございます、とお礼を言って口をつける。冷たいお茶が緊張した体に染み渡るようだった。
「祖母のこと、驚かせてしまって申し訳ありません。歳のわりにフットワークの軽い人なんです」
「いえ、そんな…予定通りこちらにお世話になれるのであれば、私は気にしませんから」
嘘だった。あずみは嘘をついてしまった。
めちゃくちゃに気にしている。プラトニックな関係で終わったとはいえ、将来的には身体の関係を持ちたいと約束し合った元彼が10年ぶりに目の前に現れて、しかもこれから一緒に住むかもしれないというのだから。
ルームシェアみたいなものだと考えればいいか…と無理やりにでも自分を納得させるほかない。
「篠原さんのことが決まってすぐだったんですが…青春時代を共に過ごした友人と数十年ぶりに再会したとかで。その人にすすめられて、同じ高齢者住宅に入ったんです。人気のあるところらしくて、空き室のあるうちに大急ぎで入居しました」
「ああ、それで…お友達と一緒なら、おばあ様も楽しく過ごせそうですね」
「はい。頼まれて何回か荷物を持って行きましたが、同じ年頃のおじいさんおばあさんが大盛り上がりで。カラオケしたりダンスしたり、とにかく楽しそうでした」
10年前の中学生の二人のままであれば、こんな状況ではお互いに黙り込んでしまっていただろうけれど、そこはあずみも彼ももう社会人で、振る舞い方というものを心得ていた。
心の中を困惑でぐるぐるさせたまま、『おじいさんおばあさんがキャッキャしているのを想像するととても微笑ましくて、思わず笑ってしまった』体をあずみは装っている。
そんなあずみを見て、彼が微かに笑う。
その口の端をゆるくつり上げる笑い方を見て、あずみはどきりとした。
(この笑い方、変わってないな…)
「篠原さん」
「は、はい」
考え事をしていたところに、少し改まった声色で言われてどきりとした。
彼は覚悟を決めるようにすっと息を吸い込んで、呼吸を整えるようにしてから言った。
「今日からはここが篠原さんの家だから。何も遠慮しないでね」
「…え、は、はい!」
彼が急に親し気に話してくれたことにどぎまぎしてしまった。それを何か不審にでも思ったのか、創太郎はあずみの顔をじっと見ている。
な、なんなのだろう。あまり見ないで欲しい。もう社会人の事務的なやりとりは終わったのだろうか。
急に暑さを感じて、汗が噴き出す。風通しのいい家なので忘れていたけれど、今日の最高気温は32℃だった。
鏡がなくて確かめようもない中で、自分の顔が赤くなっていないか気になってしまう。視線がそっと外され、彼は口を開いた。
「篠原さんの荷物、いくつか届いてたから部屋に運んでおいたよ」
「ありがとう…」
感謝の言葉は思ったよりもスムーズに出た。
あの時は和室の雰囲気にも映える真っ白いトルコキキョウが活けてあるのが印象的だったけれど、花器は片付けられたのかなくなっている。
薄っすらと汗をかいた麦茶のグラスが差し出された。
ありがとうございます、とお礼を言って口をつける。冷たいお茶が緊張した体に染み渡るようだった。
「祖母のこと、驚かせてしまって申し訳ありません。歳のわりにフットワークの軽い人なんです」
「いえ、そんな…予定通りこちらにお世話になれるのであれば、私は気にしませんから」
嘘だった。あずみは嘘をついてしまった。
めちゃくちゃに気にしている。プラトニックな関係で終わったとはいえ、将来的には身体の関係を持ちたいと約束し合った元彼が10年ぶりに目の前に現れて、しかもこれから一緒に住むかもしれないというのだから。
ルームシェアみたいなものだと考えればいいか…と無理やりにでも自分を納得させるほかない。
「篠原さんのことが決まってすぐだったんですが…青春時代を共に過ごした友人と数十年ぶりに再会したとかで。その人にすすめられて、同じ高齢者住宅に入ったんです。人気のあるところらしくて、空き室のあるうちに大急ぎで入居しました」
「ああ、それで…お友達と一緒なら、おばあ様も楽しく過ごせそうですね」
「はい。頼まれて何回か荷物を持って行きましたが、同じ年頃のおじいさんおばあさんが大盛り上がりで。カラオケしたりダンスしたり、とにかく楽しそうでした」
10年前の中学生の二人のままであれば、こんな状況ではお互いに黙り込んでしまっていただろうけれど、そこはあずみも彼ももう社会人で、振る舞い方というものを心得ていた。
心の中を困惑でぐるぐるさせたまま、『おじいさんおばあさんがキャッキャしているのを想像するととても微笑ましくて、思わず笑ってしまった』体をあずみは装っている。
そんなあずみを見て、彼が微かに笑う。
その口の端をゆるくつり上げる笑い方を見て、あずみはどきりとした。
(この笑い方、変わってないな…)
「篠原さん」
「は、はい」
考え事をしていたところに、少し改まった声色で言われてどきりとした。
彼は覚悟を決めるようにすっと息を吸い込んで、呼吸を整えるようにしてから言った。
「今日からはここが篠原さんの家だから。何も遠慮しないでね」
「…え、は、はい!」
彼が急に親し気に話してくれたことにどぎまぎしてしまった。それを何か不審にでも思ったのか、創太郎はあずみの顔をじっと見ている。
な、なんなのだろう。あまり見ないで欲しい。もう社会人の事務的なやりとりは終わったのだろうか。
急に暑さを感じて、汗が噴き出す。風通しのいい家なので忘れていたけれど、今日の最高気温は32℃だった。
鏡がなくて確かめようもない中で、自分の顔が赤くなっていないか気になってしまう。視線がそっと外され、彼は口を開いた。
「篠原さんの荷物、いくつか届いてたから部屋に運んでおいたよ」
「ありがとう…」
感謝の言葉は思ったよりもスムーズに出た。
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