故郷

文戸玲

里帰りの理由

 今回の帰省は,この故郷に契約を結びに帰ってきたようなものだ。おれが住んでいた町は,この町とは比べ物にならないぐらい栄えている。ただでさえ高い家賃を払っていた上に,四月から家賃を値上げすると言い出した。急に思えたその条件に納得しきれず,口論の末に家を出ることとなった。運の良いことに会社の移動で生まれ故郷から通える距離に移動となったため,引っ越しにかかる費用と手当てをもらって今の住まいを離れることとなった。来年度からは今の住まいは新しい住居人が決まったという。いささか展開が早すぎるとは思うが,別に未練はない。住めば都とはよく言ったもので今まで住んでいたマンションは居心地よく感じたが,もう他人の持ち物になってしまう。それでも,この居心地の良さは新しい家でも同じように感じることが出来るだろう。幸運なのは,妻が新しい住居としておれの故郷に家を建てることを了承してくれたことだ。今住んでいる地区と故郷を比べると,坪単価は倍以上違う。そろそろマイホームを建てたいと思っていた身としてはありがたい状況というか,風はこちらに吹いていると思わざるを得ない。
 なにはともあれ,この四月にはどうしても住み慣れたマンションとはおさらばし,なじみ深い故郷に戻らなければならない。

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