実況!4割打者の新井さん

わーたん

柴ちゃまがバントした。

柴ちゃま! どうしたのよ、柴ちゃま! 本当にセーフティバントをしてしまうなんて。あなた、そこそこ野球を分かっているじゃないのよ!

そういうのやるなら、もっと早くからやって欲しかったけども。出塁したらしたで、2番の俺に変なプレッシャーがかかりますわ。


「2番、レフト、新井」

とにかくこの場面は繋いでいかないとな。柴ちゃまが珍しく出塁したんだから、俺も2番打者としての仕事をしっかりしていかないとね。


「さあ、3点を追います、8回ウラのビクトリーズの攻撃。ノーアウトランナー1塁で、バッターボックスには新井が入ります。………ルーキーの新井ですが、ご覧のように、89打数38安打で、現在の打率が4割2分6厘です。

まだ打席は少ないからとは言われていますが、この選手がこんな打率を記録すると、誰が予想したでしょうか」


「やはりこの選手はね、右に打つのが本当に上手いですねえ。バットを面のようにして使えるんですよねえ、彼は。

まるで1人だけテニスラケットを持ってバッティングしているかのようですよねえ。そのくらいバットを自由自在に操っている印象ですねえ」





ランナー1塁だ。右へ打つ。広く空いている1、2塁間。もしくはライト線に落ちるようなヒットで、柴ちゃんがガーっと走って、ノーアウト1、3塁という場面に出来れば最高。

そうすれば、3点差なんてまだまだ分からないからね。

俺はバッターボックスに入って、ベンチからは特別サインがないことを確認して、バットを構える。


ようし、やってやるぞ。





こういう時は初球だ。ピッチャーは変わったばかり。いきなりコツンとこれ以上ないセーフティバントを決められて出鼻を挫かれた形だ。

3点差あるし、まだそれほどのプレッシャーはないだろうが、ランナーを貯めない。フォアボールを出したくない。確実にアウトを取りにくるようなピッチングをしてくるはず。

じっくりとボールを選ぶような場面ではない。チームを勢いづける繋ぎのヒットが欲しいところ。

ストライク先行でくるはずだ。ストレートかチェンジアップ辺りを狙う。ファーストストライクを迷いなく打ってやるぞ。


「ピッチャー林原、セットポジションから新井に対して第1球投げました!」


アウトコース低め、チェンジアップ。おあつらえ向きのボールが来た!!

カンッ!!


「新井、初球を打ちました!! 右方向、いい当たり! ………しかし、セカンド正面!!」


芯食った打球。低いバウンドで打球はセカンドの正面へ。半身になって構えていた相手のセカンドが打球をしっかりグラブに収め、セカンドキャンバスを向く。

あ、やばい。


もうどうしようもないけど。


「セカンドへ送球、2塁フォースアウト! ショート茂手木1塁へ!……アウト!! ダブルプレー!期待の新井、いい当たりでしたが、ここはセカンドゴロゲッツー!これは痛い!!2アウトランナーなしに変わります!」










みんな、本当にごめんよ。





ダブルプレーになった瞬間、頭の中が真っ白になった。

打った瞬間は、よし! 捉えた!! そう思ったのだが、打球がワンバウンドツーバウンドした先が地獄だった。

その先はスローモーションになるわけでもなく、パッパッパッと相手の内野陣に打球を処理され、ダブルプレー完成。

一応1塁までは全力で走ってみたが、相手がエラーなんかするはずもなかった。

1塁ベースを通りすぎた瞬間、スタジアム中になんともいえないガッカリムードが広がっていくのが分かった。

柴ちゃんがバントヒットで出塁したのに、その後の俺がゲッツー。

せっかくの反撃ムード。連敗脱出の足掛かりになるかもしれなかった大切なノーアウトランナー1塁を一瞬で潰してしまったのだ。


帰ろうとするベンチが遥かに遠く感じた。

ベンチにいる選手達がやりきれない顔をしながら、もたれるように腰を下ろしたり、手すりに両手をかけながらうつむく姿を見て、言葉にならない申し訳のない気持ちが込み上げてきた。

「新井、しょうがないよ」

「いい当たりだったんだ。仕方ないっす」


ベンチに戻ると、キャッチャーの鶴石さんと2塁でアウトになって帰ってきた柴崎に、声を掛けられた。

その慰めるような2人の声色を聞いて、余計やりきれない思いが俺を包んだ。

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