実況!4割打者の新井さん

わーたん

ファンと交流する新井さん3

「君たちは、気を使う。礼儀を弁えるという言葉を知らないのかね!」

ファン達のあまりの失礼さに、俺はバチーンと言い放ってやった。

「なんだね、君たちは! 揃いも揃って、柴ちゃんが好きだの、桃ちゃんが好きだの、連城君が好きだの。君たちの目の前にいる野球選手誰だ!? 俺だろうが!お世辞でも、新井さんが好きです!って言う人はいないのか!」

俺はわりかしマジな感じで、説教してやったのだが、このファンときたら。

「あはははは!」

「うけるー!」

「そうですよねー、ははは!」


「いやー、なんかそういうノリなのかと思ってー」

みんなして笑ってやがる。きゃっきゃっきゃっと大爆笑だ。まあ、それに関しては悪い気はしない。思ったよりもウケて嬉しい。


「あははじゃないのよ、あははじゃ! こういう時は、多少嘘でも新井さんが好きですと言っておくもんだろうが! サインしてあげないぞ!!」


「ダイジョブです! 私は新井さん一筋です!」

最初にサインしてあげた女性。横にピッタリとくっつくようにして座っていた彼女がビッと手を上げた。

いや、君にはあえて聞いてなかったのよ。ガチでちょっと怖い感じの子だったから。

「新井さん、その子は新井さんのファンですって!」

「よかったですね」



多分よくないです。



そんな雰囲気でオフ会のような集まりの時間は過ぎていった。



「あー、食ったー! みんな、ごちそうさまー!どれも美味かったなあ。さすがみんな美味しいもの分かってるね」

集まったファン達と楽しくおしゃべりしながら、ちゃんと全員にサインしてあげまして。

スタジアムに隣接するショッピングモールや近く商店街で買ってきてもらった食べ物を腹いっぱいご馳走になった。いやー、色んな種類のものを食べられまして満足ですわいや。

「それでは皆様。そろそろお開きにしましょうか。ゴミなどは後で捨てておきますのでこちらにまとめて下さいね」

「「はーい!!」」

サインをしたとはいえ、わざわざお金を出してご馳走してもらったばかりでは悪いので、俺からもサインとは別にちゃんとプレゼントがある。

「えーとですね、感謝の気持ちと致しまして、皆様に、わたくし新井時人からプレゼントがございます」


「「イエーイ!!」」

プレゼントと聞いてノリノリのファンの前に隠していた段ボールを持ってきて、それを開ける。

「じゃーん!! なんと、ビクトリーズカラーの真っピンクなキャップとフェイスタオルでーす! なんと、ショップでも手に入らない貴重なグッズですよー。……皆様、1つずつ持って行って下さいねー。転売とかしないで下さいよー」


「「イエーイ!!」」



俺は最後に、今日同じ時間を過ごしたファン1人1人に自分のグッズを手渡ししていき、終了のお時間となる。



「新井選手お疲れ様でしたー!」

「はーい、お疲れー!」

「新井さん、明日も頑張って下さいねー!」

「おー、頑張るよー!」


「本当に楽しかったです。ありがとうございました!」


「おう、こちらこそ。気をつけて帰ってね」

差し上げたタオルを首に巻いて、真っピンクのキャップをかぶって、ファンの皆様が満足した様子で帰って行った。

ふう。

さて、そろそろ室内練習場に戻ろうかな?

と思ったら、すでにそこの照明は落とされ、警備のおじさんもいない。見事なまでの無人。

取り囲むフェンスには南京錠ががっしりと掛けられていて、入ることも許されない。荷物は持ってきてたから大丈夫だけど。

初めはすぐ戻るはずだったのに、なんだかんだで1時間くらいファンとの交流会をしてしまったからな。

その間に自主練習に来ていた面々はみんな帰ってしまったらしい。たい焼きを渡しにいった時にはまだみんな居たのだが。

しかしまだ午後2時か。明日はナイターでまだ時間もあるから、駅前でちょっと買い物でもしようかと思ったら。

振り返ったら、奴がいた。


「えへへ」


1番最初にサインをした子だ。

何故か照れたように笑いながら、ずっと着いてきて、しばらく俺の背後に黙って立っていたようだ。まだまだ帰るつもりはないらしい。


これはまずいかもしれないぞ。






「………」

「………」

やはり、まずいなあ。

謎の見つめあいの無言が俺とファンの女性を包む。

見るからにちょっと痛い系のファンなのは明白だからな。

他のファンは帰って行ったのに、当たり前のように帰らない時点でもうやばい。さっきまでも、私はあなたたちのような普通のファンとは違うんですよオーラを放っていたし。

室内練習場の入り口付近なんて、一般のファンが入ってきちゃいけないのに、後を着けてきている時点でもうやばい。



ふとスマホを確認すると、みのりんとギャル美、ポニテちゃん。そして俺が入っているグループメッセージにみのりんから、夜ご飯は手巻き寿司の次回予告発生!!

俺はなんとか誤魔化して早く帰らなければと、大袈裟に驚いて見せた。


「わー! 大変、もうこんな時間だ!この後コーチとご飯の約束が合ったんだ!俺はもう帰るから、君も早くここから離れた方がいいよ!警備員おじさんに見つかったらヤバいからね! さあ、帰りましょう!」


俺はそんな風に急かすようにして、スタジアムの出口へと彼女を誘った。


それと同時に、安易にこんな集まりをやるのも考えものだと思ったのだった。

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