実況!4割打者の新井さん

わーたん

やらかした柴ちゃん1

ともかく、起きてしまったことは仕方ないので、諦めるしかない。

俺もベンチに帰りたかったけど、俺はアウトではなく、打球に当たったランナーがアウトになるらしい。

そのアウトになった柴ちゃんが、3塁ベンチからわざわざ遠回りして、1塁ベースに立つ、俺の元にやってきた。

「すいません、新井さん」

柴ちゃんはヘルメットを外して俺に謝る。

短いツンツンした髪の毛がびっしょりと濡れるくらい、柴ちゃんは嫌な汗を吹き出すようにしていた。

自分のやってしまったことに対する後悔や動揺で、瞳孔が開きっぱなしで、目線が安定していない。

相手のチームカラーよりも青い顔をしている。


そんな彼を見たら責められるわけがない。

「まあ、気にすんなよ。俺の打球もなかなか痛かっただろう?」

「すいません」


正直、俺に謝ることではないと思ってしまったが。ヒットがなくなったわけではないし。




俺の言ったジョークが彼の耳に届いたか分からないが、柴ちゃんは謝るばかりで、そのままベンチへと重たい足取りで戻っていく。


1番、2番の連続ヒットでクリンナップに回るところだったから。そのチャンスをフイにしてしまったのが何より痛い。




そのベンチでは、睨み付けるような表情のヘッドコーチが柴ちゃんを待ち受けており、彼がベンチに戻るやいなや、ソッコーで2人ベンチ裏に消えていった。


おそろしや、おそろしや。




「結果的に新井の打撃結果はヒットになるんですね」

「ええ、まあそうでしょうね。しかし、横浜は助かりましたね、ノーアウトでランナーが2人になるところでしたから。これはマウンド上の井之上にしてみれば、だいぶ気の持ちようが違いますよ」

「新井はさらにこの打席まで、プロ初ヒットからの連続打数ヒットの記録が続いていましたが、その記録もさらに更新して9打数連続ヒットてなりました。

………さらに今調べてみたのですが、ルーキー選手のプロ初ヒットからの連続ヒット記録は、ドイツのプロ野球で4打数連続というのがあるそうですが、9打数連続ヒットとなりますと、ちょっと前例がないですね」

「いやあ、私も聞いたことありませんよ。去年のね、東京のルーキーの選手が確か2打席続けて打った試合の解説してましたけど、それでも2打席でしたからねえ」

「ええ。そうですよね。しかも新井は、1試合2試合の固め打ちではなく、トータル5試合にまたがっての9打数連続安打ですから。その間にも犠打を4度成功させながら………という記録になるわけですね」

「これ、もしかしたら、ギネス記録にしてもいいくらいですよ。そのくらい難しい記録だと思います。他の様々な記録と違って、どんな野球選手も、一生に一度しかチャンスがないわけですからねえ」



ライトスタンドの横浜ファンが奏でるチャンステーマ。今日何度目かの好機に頼れる4番が打席に入り、緊張が高まる。


ピッチャーが投じた渾身ボールだったが狙い済ました一振りが打ち砕く。



「これはいい当たり!! 横浜4番、筒薫の当たりはライトへ!! ライトの桃白が下がっていきます…………ライトのフェンスに直接当たりました! 2塁ランナーホームイン!! 1塁ランナーは3塁へ!  打った筒薫も2塁へ!! やはり4番!

7回ウラ、主砲筒薫のタイムリーでついに横浜が1点を先制しました!」

あー、ぼやっとしている間に、相手の4番打者の打球はライトフェンスに突き刺さるように飛んでいき、ついに先制点を取られてしまった。

0ー0のまま進んでいった7回ウラ、4番の一振りに横浜スタジアムは大盛り上がり。ようやく飛び出した先制打。

ここまで危なっかしい投手戦というか、両チームのファンのイライラが募る貧打戦というか。

そんな試合の展開が一気にパァンと破裂してように弾けて、横浜ベイエトワールズが押せ押せムードに。

2アウトランナー2、3塁。相手の5番打者もその勢いに乗り、初球を叩いた強い打球が三遊間へ。

サードの阿久津さんが見送り、ショートの赤ちゃんがその打球に飛び付くも届かない。

レフトを守る俺の目の前に転がってきた。

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