実況!4割打者の新井さん

わーたん

隠れてお菓子を食べる新井さん

ノックしたドアをガチャリと開けると、自販機のコーヒーを飲んで一息ついていた萩山監督がいた。ユニフォーム姿に着替え、薄手のシャリシャリグラコンを羽織っている。


「お呼びでしょうか、ボス」



俺がそう訊ねると、萩山監督は勢いよく椅子から立ち上がった。


「新井、今日はスタメンで行くぞ!」

「おせーよ!」

「おせーよ! とはなんだこのやろう!」

「す、すみません!つい………」


つい監督に暴言を吐いてしまった。監督にバインダーでバシンと強めに頭を叩かれた。しかし、それだけで済んだ。

「今日でお前はまだ2試合目のスタメン出場になるが、代打で出た時と同じように、右方向へのバッティングやお前はバントも上手いからな。繋ぎ役として期待しているぞ」


「分かりました。ちなみに、打順は4番ですか?」


もちろんギャグだが、監督はクッキーを乱暴に破りながら俺の方を改めて見た。


「そんなわけあるか。早く練習に行け。気を抜いていたら、スタメンで使うのやめるからな」


「はーい。そんじゃ、お菓子もらって失礼します」

打順が2番なのか7番8番辺りなのかは教えてくれてもいいじゃない。

ノリはいいがケチな監督だなあ。

その腹いせに、横浜チームさんが用意してくれのであろう、監督室に置かれていた美味しそうな焼き菓子を去り際にごそっと強奪してやった。


「ア…………。アライサン。オイシイタベテルネ」

ちぃ。

監督室で強奪した焼き菓子をベンチ裏でこっそり隠れて食べていたら、もちゃっとした台湾人ピッチャーのロンパオに見つかってしまった。勝ちパターンの一角。貴重な中継ぎ左腕だ。

さすがは俺と同じく高いレベルで食い意地が張っているだけのことはある。


あんまし言葉は通じないのに、食べ物周りの日本語はちゃんと理解している奴だ。

食い物で国際的にごねるとまずいからな。ここは穏便に済ませたい。

「ロンパオも食うか? ジャパニーズスイーツだぞ。ほれ」


俺はそう言いながら真ん丸の形をした中に白餡が詰まっているお菓子を渡した。

「サンキュー。オオ、アヒルノオカシネ」

「アヒルじゃねえ、ひよこだよ、ひよこ」

「モグモグ。………ヒヨコウマイ!」

俺が投げ渡したジャパニーズスイーツを真ん丸顔のロンパオは薄い紙の包みを乱暴に破り、一口でパクリ。

嬉しそうに左手の親指を立てた。

「コレ、オイシイネ。ドコニアル?」

「監督室にあったよ。今日登板して、三振1つにつき、1コくれるって監督が言ってたから頑張れ」

めんどくさいから、ありもしない適当なことを言ってやった。まあ、監督室にはまだたくさんあったみたいだから大丈夫だろう。

「ワカタ。ゼンブサンシントル!!」

「おう、頼んだぜ」



セットアッパーに気合いが入ったみたいだから、結果オーライってことで。




「ただいまより両チームのスターティングラインナップを発表致します! まずは先攻、北関東ビクトリーズ。………1番、センター、柴崎」


「「シバサキ! シバサキ! シバサキ!!」」

「背番号56」

試合開始20分前。試合前最後のシートノックが終わり、いよいよ試合が始まるのを待つのみとなった。

ベンチ裏でアンダーシャツを取り替え、シートノックでしごかれた体を休めていると、ウグイス嬢の声と歓声がベンチ裏まで響いてきた。

センター後方にあるバックスクリーンに、アナウンスされた1番バッターの柴ちゃんの名前が出て、その横に現在の打率、本塁打数、打点が表記。

さらにデカデカとにっこり笑った写真も表示される。

レフトスタンドをピンク色に陣取るビクトリーズ応援団から、シバサキ! シバサキ! シバサキ!! とスリーコール。

「2番、レフト……新井」

「「え?……お、おおー…………!!」」

俺の名前がアナウンスされると、スタンドの一部から、少々のどよめき。

そんなに意外でしたかね。


昨今の活躍ぶりはなかなかのものだと自負しているんだけど、代打で出てきてバント決めたり、ラッキーヒットを放ったり。


待ってました! みたいな反応が欲しかったですわよ。

「「アライ! アライ! アライ!!」」



「背番号64!」

「実況!4割打者の新井さん」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く