実況!4割打者の新井さん

わーたん

代打の新井さん

ベンチ裏のアップエリアの大鏡前で、側のモニターに映し出された試合経過を確認しながら気合いを入れて素振りをしていた。


するとさらに点を奪われ点差が広がっていたのだが。


そんなタイミングで、今日は全く元気のない打撃コーチのおじさんが現れた。

もう0ー9となり、いよいよ敗色濃厚。


それでも、9回ウラは下位打線から始まるというところで、ようやく、ようやく俺の出番がきたようだ。

「新井、いくぞ。 ピッチャーのところで代打だ」

「うい!」

近くにあった誰のか知らんタオルで汗を拭って、足元に置いたヘルメットをひょいっとバットのグリップで真上に放り投げ、手を使わずにそのまま頭にかぶせる。

俺がプロに入って覚えた技だ。

「9回ウラ、北関東ビクトリーズの攻撃は、8番、セカンド、守谷」

細身の若手内野手の守谷ちゃんが左打席に入るのを見ながらネクストのわっかに向かう。昨日と同じ光景。状況は全く違うが。

守谷ちゃんは、開幕当初こそベンチスタートが多く、高卒ルーキーの浜出君にセカンドのポジションを奪われている日々もあったが、交流戦の中盤くらいから調子を上げ始めた。

決勝打となるタイムリー放つなど上手くアピールに成功したようで、ここ数試合はスタメンで出場していて、昨日も守谷ちゃんのヒットから決勝点が生まれたくらいからね。




まあ、俺のバントヒットがあってこそなわけですけども。



守備が上手く、足も速い浜出君も高卒ルーキーとしては頑張っていたが、打率が1割7分ではさすがに厳しい。

守谷ちゃんがセカンドに定着しても、2軍に落ちないということは、まだ浜出君にもチャンスはあるのだろうが、そんな彼はベンチから複雑な顔をしながらも、手をバチンバチン叩く。

色黒の小柄な坊主頭が見つめるその先、9回裏、最後の攻撃の先頭打者。

立て続けの変化球であっという間に2ストライク追い込まれた守谷ちゃん。



1ボール2ストライクからの4球目。


ビシュッ!



ギュルル!



バシィ!


「ストライクアウト!」


落ちるボールかと思いきや、インコースにズドンと真っ直ぐが決まって、主審の決めポーズが炸裂。

全く手が出ず、三振に倒れた守谷ちゃんは天を仰いで、ベンチに引き返してくる。


1アウト。

なんとか先頭打者に出てもらいたかったが、まだ相手ピッチャーには余裕がある感じだ。


「主審!!」

そしてうちの萩山監督が数歩ベンチを出て、口元に両手を当てながら主審様に声を掛け、ネクストにいた俺を指差す。



主審からバックネットに伝達され、アナウンスされる。


「北関東ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。9番、松谷に代わりまして、新井。バッターは新井時人。背番号64」





「北関東ビクトリーズは、9番ピッチャーの松谷に打順が回るところで、代打が起用されます。………背番号64の新井ですね。

昨日も代打で出場しまして、その時は左腕の桜池からバントヒットを記録しました。あれは大きかったですね!」

「昨日のバントヒットですよねえ。完全にレオンズ守備陣の意表を突きましたから、試合の流れを大きく引き寄せました。あれがなかったら、得点出来たか分からないくらい重要なバントになりましたからねえ」

「その新井が右バッターボックスに入ります。そしてマウンド上、埼玉先発の上野は、ここまでまだ失点はありません。被安打3、四死球も3つありますが、奪三振が9つと要所要所で、三振を奪えています。今日の最速は146キロほどですが、フォークボールが冴えていますね」

「ええ。今日の上野は高さを間違えませんね。ストレート、チェンジアップ、フォークボールと、全ての球種で低めのコントロールできていますよ。それですから、決め球に使うフォークが効きますねえ」

「去年までの上野というのは、どうしても右バッターのインコースの球がシュート癖があったんですが、今年は違いますね」


「それも好投の要因ですよねえ。ストレートの回転がいいですからね。変化球がより生きてきますよ」

コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品