実況!4割打者の新井さん

わーたん

新井さん尚も光り輝く

「阿久津の打球はライトへ!! ライトへ高く上がった!! ポール際! 打球は伸びていくー!!」

ちょうど俺の頭の上を越えるようにして、阿久津さんの打球は宇都宮の夜空に上がった。

ほんとは全力で走っとかなきゃいけないんだけど、打球の行方が気になって仕方なかった。

飛距離はライトスタンドまで十分に見えた。

しかし、右打者特有の流し打った打球は、ファウルグラウンドに向かって急激にスライスしていったが、ライトからレフト方向に吹いている今日の栃木風と、観客の声援が打球を押し返す。

打球はライトポールに直撃した。

「ホ、ホームラン! ホームランです!! ライトポール直撃!! なんと阿久津が自身
初の3打席連続ホームランであります!」



「阿久津さん! やっちまいましたね!」

今日3度目のホームインのお出迎え。

3回目ともなると、なんだか照れ臭くなったのだが、それは阿久津さんも同じみたいだ。

「ああ、やっちまったな。こんなの初めてだよ」

普段は寡黙で、いつまでも最下位に低迷するチームの責任を1番感じているだろう37歳のキャプテンが、この時ばかりはそんな重圧から解放されているように見えた。

福岡のチームでも、長年活躍した功労者である阿久津さんがケガをして2軍落ちしたのをきっかけとして出場機会を若手選手に奪われたのが半年前の阿久津さんだ。

メディアの報道では去年、来年からは選手兼コーチになって、いずれは監督として将来を考えてみないかと、福岡のチームには言われたらしいが。

阿久津さんは試合に出場することを選んだ。

タイミングよく、福岡から遠く離れた栃木県に出来た新球団。

そこに自ら半分以下の年俸で移籍を希望して、さらにキャプテンに就任した。福岡のチームやファンからすれば裏切り行為とも取られかねない。

しかし、そうなる危険を犯しても、試合に出るチャンスを選ぶのは、常に一線級で結果を出し続け、17年プロ野球の世界で生きてきた男の魂そのもの。

その価値が、この3打席ホームランにあるような気がした。

バチンとタッチをかわして、俺は阿久津さんおケツを強く叩いてやった。

その阿久津さんがマスコット人形をお姉ちゃんから受け取り、ベンチに足を向けると、まるで優勝したかのように騒ぐチームメイト達に囲まれていた。






「8回ウラ、北関東ビクトリーズの攻撃は…………2番レフト、新井時人。背番号64」

よーし。また1本かましてやるぜ。

「さあ、この回は2番の新井から始まるビクトリーズの攻撃です。今日はプロ初スタメンでなんと3打数3安打、すでに猛打賞を達成しております。そして次打者の阿久津にまた、ランナーを置いて打席を回せるかというところですね」

「今日は阿久津がね、3打席連続ホームラン打ってるわけですけど、その前を打つ新井くんがね、出塁していいお膳立てをしていますよ」

「そうですね。新井が1塁にいれば、投手はおのずとセットポジションからの投球になりますから」


「まあ、それもあるんですけど、ヒットの内容がね、相手にダメージを与えるようないやらしいヒットなんですよ。ただでさえ、阿久津との勝負に集中しなきゃいけないのに、余計な神経を使いますからねー」

「今日の新井は1打席目は、鋭い打球でセカンドの横を破るいい当たりのヒットでしたが、2打席目は止めたバットに当たった打球がピッチャーの頭を越え、3本目は叩きつけた打球が大きく跳ね上がる内野安…………さあ、そして! 新井の打球がピッチャーの足元を抜いてセンター前に転がっていきます。なんとこれで今日4安打!またしても阿久津の前にランナーが出ます!」

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